演劇の旅-イギリス編 その1-

ベルリンから移動して、
そのまま劇場というスケジュールでした。
わたしは旅先だとじつによく動きます。
カフェで休んでるヒマがあればひとつでも多く見聞したい。
自分の好奇心のとめどもなさに振り回されます。

そのわたしにフットワーク軽い選手権がもしあれば
そうとう上位に属するだろう田島さんの取り合わせなので、
フツウのひとなら倒れてるくらいのスケジュールだと思います。
ロンドンは2泊だったのですが、
その2泊で3本見て、
そのうちの一本は、
ロンドンから急行で2時間くらいの街まで見に行く、
というナゾのスケジュールでした。

だいたい6か国7都市回る旅程で、
小旅行的なものが、5つ
(チェルノブイリ・アウシュビッツ・バウハウス・カダケス
そして、今回)ついてくるって異常だと思うんですよね。

というワケで、ベルリンから着いたその足で向かったのは、
マイ・モスト・フェバリット ドラマ・ライターと言っていい、
アーサー・ミラーの「代価」という作品でした。
アーサー・ミラーはこれと、「アメリカの時計」が上演中。
そうとう迷ったのですが、
舞台写真と評判の良さに惹かれてコチラにしました。
飛行機の中で戯曲も再再読し、準備万端。
張り切って乗り込みます。

しかしですね。
主人公である警察官のひとのセリフを聞いた瞬間。
あ。これはダメかもしれない、と思いました。
凡庸な男という役ではあるんですが、
え。そのセリフってそういう意味なの?
と演出家としてどうにも納得がいきません。
妻とのやりとりも表層的。
それでさまざまな葛藤が露わになる後半を
どうやるつもりなんだろう。

この作品にはアーサー・ミラー作品としては珍しい、
トリック・スター的な役が出てきます。
主人公が売ろうとしている家具を買い取りに来る
古美術商です。

この方は、
エルキュール・ポアロをテレビで演じてきた方だそうです。
すごく期待していたんですが、
というか、この方に期待してチケットを取ったのですが、
わたしには型で演じているとしか感じられず、
ここでまたノッキング。

キーパーソンとなるお兄さんが出てきたところで幕間です。

田島さんが、
「ろばさん、これ、おもしろい?」
と探りを入れてきたので、
「後半観ないと、戯曲的にはここからだから、わからないけど。。。」
とわたしも濁し、
まあ、とりあえず二幕も観ましょう、ということになりました。

期待していた兄弟の葛藤と過去が露わになる2幕は、
お兄さんがずっとやや悲しげでセンチメンタルな
演技なので、
え。違うでしょう。そういうことじゃないハズだよ。
と違和感しかありませんでした。

葛藤と対立が、欲しいじゃない。

だって、アーサー・ミラーだよ!!

終了しまして、お客様はブラボー、ブラボーと
大喜びでしたが、
これでいいなら、ロンドンよくわからない、
という気持ちでふたりともいっぱいになっていました。

ホテルについた頃にはもうレストランも空いてない時間。
ションボリにも拍車がかかります。
しかし唯一開いていたカレー屋さんが、
超絶美味しかったので、
少しココロを持ち直しました。
あのカレー、また食べたい。

次の日は、遠征です。
stork-on-trentという
伝統陶器の工房がたくさんあるという街まで、
「戦火の馬」のツアーを見に行ったのです。
ナショナルシアターライブでももちろん人気の演目ですが、
未見です。
未見ですが、わたしたちが行った3月は、
ナショナル・シアターは『トップ・ガールズ』とか
『フォーリーズ』『タルチェフ』と
やや好みから外れるものしかやってなかったのと、
『戦火の馬』が観たすぎて、
ちょっと遠征して観られるならそれが観たい、
ということで躊躇なくチケットを取りました。

しかし、昨日の『代価』のせいで、
過剰な期待をいさめ合いながら、エクスプレスに乗り、
stork-on-trentに向かいます。
食器は好きですが、陶器はそんなに好きではないので、
工房見学等はせず、一路劇場へ。
劇場は、鉄道駅からけっこう離れています。
なのでバスで向かいます。
難易度高め。

内容は、スピルバーグの映画でチェック済。
映画はすごく面白いとわたしは思いますが、
基本としてあのままはできないでしょ、
とは思ってました。
ホテルにチェックインして劇場に向かう道すがらも、
あー、ほんと頼むよ、『戦火の馬』という
気持ちでいっぱい。
だって、ロンドンじゃないですから。
ほんの少し前までそんな街があることも知らなかった
急行で2時間。さらにはバスで20分。
しかもわざわざ日本から出かけて行っている。
そんな街でつまらない芝居を君なら観たいかい。笑。

ここです。
stork-on-trent
小さいけど風情のあるいい街です。

これが本日の劇場。
劇場は、今日の楽しみで街中が集まったのではないか、
という賑わい。
パブも客席も社交場と化し、
熱気が凄い。
みな楽しむ気満々です。

そんな中、お芝居が始まりました。

杞憂という言葉がありますが、
道々いろいろ考えていたことが
杞憂に過ぎなかったということが、
始まった瞬間にわかりました。

この演目は南アフリカのパヘットシアターが
全面的に加わっています。
最初のシーンで音楽が鳴り、
鳥たちがパーッと飛んだ瞬間に、
胸がいっぱいになりました。

そして仔馬です。
仔馬のジョーイが出てきます。
わたしたちは、4列目でした。

イギリスはチケット代はとても高いです。
ウエストエンドにかかるような演目ならいい席は
1万円軽く超えます。
人気演目ほど高くなり(三万円超えたりとか!)、
端席とセンターではまた違う、
というように細かく分類されています。
しかしどの演目もいい席を取っていました。
わたしは、高い演目ほどいい席を取るようにしています。
観たいと思ったらチケット代なんて気にしたこともありません。
月の生活費が2万円しかないときに
13,000円のチケットを取ったこともあります。
今回も片道の飛行機代より、チケット代の総額のほうが
高かったはずです。

なので4列目。
馬の仔細な動き。
俳優の細やかな演技。
すべて見える。
しかしスペクタクルな全体もちゃんと観える。
しかも年に数度の観劇をどれほどにも楽しみにしている
観客たちの集中力。

生涯の観劇になる用意はできていた、ということ
なんだと思います。

これが仔馬のジョーイがセリにかけられる冒頭です。
ジョーイが生まれ、
立った瞬間、
セリで貧しい農家に落とされる瞬間、
アルバートと出会う瞬間、
そしてジョーイがジョーイと名付けられた瞬間。

すべてが凄すぎて、泣きっぱなしです。
人形たちの使い手は鳴き声も担当しています。
効果音ではない。
すべてが人間の力です。
映画版とはストーリー変えないと成立しない、
と思っていたのですが、
ほぼ流れは同じ。
だからわからないところも一切ありませんでした。
児童文学が原作なので英語も平易です。

映画版では、ジョーイとアルバートは、
戦争で引き離されるとラストまで関係を持たないのですが、
途中で、ジョーイをかばった手に障害のある少女と
アルバートが出会うシーンなどもあり、
少女のエピソードも他のエピソードと絡んでいたりして、
わたしは演劇版のストーリーのほうが
ずっと良かったな、と思いました。
ひとつの物語としてまとまりがあります。

などと冷静なことを書いていますが、
観ているあいだのわたしは、
もうタイヘンなことになっていました。
わたしの感動は非常に煩く、カッコ悪いです。
ちなみに田島さんもそうとうカッコ悪いです。
その田島さんがやや冷静になりかつ引くくらい
わたしの感動が、
自分でも律しがたいことになっていました。

こんないい年の大人が、幕間に
「この芝居に終わってほしくない」
と泣きながら訴えるなんて我ながらどうかしてると思います。
言われたほうもどうしようもできないしね。
いくつになっても、
おもしろい芝居を観ると天にも昇る心地になり、
つまらない芝居を観ると、
全世界に対して土下座したくなり、
演劇を信じていいのだろうか、と落ち込む。
そういうところは変わりません。
こうやって人生を過ごしていくしかないんでしょうか。
厄介ですが、仕方ありません。

とは言え、終わってほしくない、と同行者に
泣いて訴えた、というのはそこそこ長い生涯でも
はじめてなので、
やはりそうとう特別な観劇体験だったんですね。

もちろんストーリーがわかりやすく感動できるストーリーだ
というのはあると思います。
いわば忠犬ハチ公の馬版ともいえる作品なので。
しかしだからこそ、嘘がひとつでもあれば、
のめりこめないし、
感動のストーリーだから泣くほどには
ピュアでもありませんし。

二幕が始まるとクライマックスにつぐ
クライマックス。

観てください。
写真なのに、人形なのに、
2頭の馬の感情が手に取るように伝わってくる。

次から次へとジョーイに襲い掛かる苦難。

ストーリーは知っているはずなのに、
手に汗を握り、心配で胸が張り裂けそうになりながら、
見入ります。
演出の手数は膨大で、
こんな表現が演劇で可能なんだ、と驚きの連続です。
でも、そんな中でも、やはりいちばんは人間のドラマ。
なんて丁寧で、なんて暖かく紡がれていることか。
俳優たちの演技は奇跡を観ているようでした。

俳優ってほんとに凄い仕事ですよね。
(素人感)

最後にもう一度セリにかけられるというエピソードは
舞台版ではありませんでした。
そのことに不満はまったくありませんが、
あと少し見ていられると思っていたら、
故郷に戻り終わってしまいました。
少し呆然としました。
ほんとうに終わってほしくなかったのです。
終幕は、物語と俳優に対しての感動と、
終わっちゃう、ああ、もう終わっちゃうと、
タイヘンなことになっていました。
ああ。あと5時間あってもよかったのに。

カーテンコールは全員がスタンディング・オベーション。
わたしももちろん立ち上がりました。
というか誰より先に立ちました。
ヨーロッパのお客さまはすぐれた演劇に惜しみない拍手を
送りますが、
この時の拍手は、やはり、特別でした。
特別な作品には特別な拍手。

カーテンコールのセンターは、
ジョーイの人形の使い手たちでした。
『戦火の馬』の主役はジョーイなのです。
センターでのカーテンコールは、
木でできた馬に魂を吹き込んだ彼らこそが、
主役なんだ、という座組からの宣言なのだと思います。
なぜこんな素晴らしい演劇ができたのか、
その秘密の一端あったように思います。

戦争を扱い、その残酷さを表出させ、
しかしそこに希望があるとしたら
人と馬のあいだに、
人と人のあいだに、
敵と味方のあいだにさえ
心が通う瞬間が生まれること、というシンプルなメッセージ。

全員が作品が自分たちより偉いと思っている。
作品のために生きないと自分たちも生きられないと知っている。

最初が映像ではなくてライブだったこと、
そして、この場所で、観ることができたこと、
感謝しかありません。

ほんとうは今日でイギリス編終わるつもりでしたが、
長くなってしまったのと、
もうひとつとっておきの一本を観ることができたので、
それは明日に譲ります。

最後まで読んでくれてありがとうございました。
『戦火の馬』はおそらくまだツアー中です。
今日も誰かがどこかであの演劇を観ているんでしょうか。
そう思うだけでわたしは幸せです。
では最後の一日、いましばらくお付き合いください。

演劇の旅-ベルリン編-

ドイツ年に素晴らしい演劇をたくさん見ました。
フォルクス・ビューネの『終着駅アメリカ』。
シャウ・ビューネの『人形の家』と『火の顔』。
ベルリナー・アンサンブルの『アルトゥロ・ウイの興隆』。
どれもわたしの観劇体験の中で、
記念碑的な作品ばかりです。
とくに、カストロフの『終着駅アメリカ』は、
生涯のベストと言える一本
(ほかにも何本かあるので、ベスト1ではない。
もしくは同率1位のうちのひとつ)
叶うものならもう一回観たいです。

なので、ベルリンでの観劇をとても楽しみにしていました。
しかし、わたしは痛恨の失敗をしたのです。
ベルリン滞在は月曜日と火曜日。
やっぱりいい演目は週末に多く、
オースターマイヤーもやってないし、
観たかった演目が前後に並んでしまっている残念さもあいまり、
なかなか選ぶことができませんでした。
距離的にはやや効率悪くなるけど、
ポーランドと逆にしておけばよかったと思っても、
あとの祭りです。

とはいえ、憧れのフォルクス・ビューネはいちおう取りました。
カストロフが芸術監督ではなくなってから、
停滞の時期を迎えているとは聞いていましたが、
あの劇場でお芝居を観ないで帰るのはやっぱりできないと思ったのです。

ベルリンもロシア同様、
基本的には劇場に俳優がついているかたちです。
カストロフがいなくなって、
カストロフ時代を支えた俳優たちも、
みんな、別の劇場に移ってしまったのだとか。

今日の演目は、
「裏切り者!」というタイトルで、
イプセンの『民衆の敵』を大幅にアレンジしたものです。
温泉の水が毒性の汚水だった。
しかし、村としては起死回生の産業ともなる温泉だったため、
隠そうとする人々と、
それを糾弾しようとする医師という構造はそのままに、
現代に置き換え、
滔々たる論争劇として再構築されています。

『民衆の敵』は、一度は演出してみたい戯曲です。
今回の観劇にあたって読み返しましたが、
やっぱり面白いし、
水俣や、イタイイタイ病と同じ構図を持つ
廃液による公害隠しという題材は、
恐ろしいくらいのアクチュアリティです。
イプセンはエンターテインメント性も高いので、
わたしに向いてる、と奢ったいい方かもしれませんが、
思います。
『民衆の敵』『ちっちゃなエイヨルフ』『野鴨』
ぜんぶやってみたい。

この芝居、現地の評価はそれほど高くないみたいなんですが、
わたしはすごく面白かったです。
最後、トランプが出てきちゃうくらい、
政治性と風刺を隠そうともしないお芝居で、
なんせ論争劇なので、
ドイツ語だと内容はまったくわからないのですが、
(内容がわかったら自分の政治的ポリシーとどう折り合いを
つけるか、という問題も出てくるかもしれないので、
また評価が変わるかもですが)
どの俳優もとぼけていて、軽やかで、
新しいクリエーションにノリノリというように見受けられ、
わたしはかなり楽しく観ました。
ドイツ語のレビューサイトによると、
とにもかくにもフォルクスビューネがまた
新作をクリエーションできているのがよいことと
書いてありましたね。
→翻訳ソフトつかってるので、ほんとにだいたいですが。
そんなに不遇な時代だったんですね。
どうやら新しい芸術監督に変わり、
新しいクリエーションを始めたところらしいです。
攻めてるフォルクスビューネが戻ってきた、
という理解でいいのかな、という観劇でした。

そして、こんな、
日本であれば若いひとでもワケわかんない、と言いそうな芝居を
国がお金を出して作っていて、
あらゆる世代の人がいて、
いろんなシーンで大喜び。最後は大きな拍手でした。

次の日は、
ほんとはシャウビューネに行きたかったのですが、
完売および信頼できる筋から
その日の演目はオススメできない、という情報を得まして、
最近ベルリンで評価が高いという芸術監督がいる、
マキシム・ゴーリキー劇場で、
「サロメ」を観ました。
「サロメ」がそんなに好きではないうえに、
ポスターが怖すぎて、

このサロメ男性です。
とても評価の高い俳優らしいです。
最後まで迷ったのですが、
ベルリナー・アンサンブルもそんなに惹かれる演目で
なかったのもあってコチラにしてみました。

サロメとは言え、そこはベルリン演劇。
超解体。再構成されています。
サロメ役の俳優さんが、
マツコ・デラックスみたいなひとで、
装置もキッチュ。

最初、幕があいて、
コロスが登場して、
→なぜかフルヌード。ドイツ演劇ではいろんな場合に
どういうわけかフルヌード。

あとで知ったのですが、
移民の俳優もたくさん受け入れてクリエーションしているそうで、
ドイツ語がは母国語ではない俳優もたくさん出演しています。
なので語り手役みたいな方は英語でした。

このコロスたちが面白く、
楽しく拝見していたのですが、
中幕があいて、さあこれから、という巨大装置が出てきたあたりから、
芝居のコンテキストをまったく見失ってしまいました。
英語字幕は出てるのですが、
ちょっと遠くて文字が小さかったので、まったく読めず、
もちろんドイツ語はわからない。
それがもちろんいちばん大きいのですが、
サロメがドラァグ・クイーンである意味が、
どうしてもわからなかったというのがわたしの敗因な気がします。
なんとなく1アイディアでそこまで深くないのでは・・・
という気がしてしまったのですが、
どなたかわたしに解釈教えてくださる方がいたら、
ぜひご教示ください、と言いたいです。

すっごいインパクトの装置ですよね。
そして、とても巧くておもしろい俳優さんなんですが、
わたしにはわからなかった。
言語の壁を超えることができませんでした。
ヨカナーンはあれ、いつかな、くらいのタイミングで
首を切られ、
サロメのクライマックスのダンスもないまま、終焉でした。
あの巨漢が踊りまくるクライマックスを
期待してしまっていたので、
あ。終わっちゃった。
というのが、正直な感想です。
しかし会場は熱狂的な拍手。
こちらも老若男女、ありとあらゆる世代です。
それがフルヌードの前衛劇に、
大熱狂。
その演劇シーン自体が衝撃的です。

やっぱりドイツ演劇は言葉がわかるか、
字幕がないともったいないことになってしまいますね。
ものすごく解体されているから。
自分の教養のなさが残念なドイツ2演目でした。

明日は観劇のメインコンテンツであるロンドンへと
向かいます!
書くのが楽しみ。そのくらいエキサイティングな
体験でした。
あんなに楽しんだのに、
書くことでまた楽しめる。
最高です。
あと少しだけお付き合いお願いいたします!

演劇の旅-ロシア編-

今回の旅では、たくさん演劇を見ました。
朝から動ける状態にしておきたかったので、
都市間はナイトフライトを選択した場合も多いので、
連日とはいきませんでしたが、それでも、
9本の演劇を観ることができました。

言葉がわからないので、
(英語であっても初見でわかるほど堪能じゃないし
ましてやロシア語やドイツ語はまったくわからない)
今回に関しては、
内容を知ってるもの、事前に予習できるものに限りました。
ヨーロッパでは劇場のサイトで席を選んで決済し、
紙でチケットを持っていけばよいシステムになっていて、
あいだに手配する業者を入れなくても容易に購入が可能です。
シンプル。これなら観劇文化も育ちやすいかも。

感想ですが、飛行機代をかけてまで観てますから、
辛辣なものも含まれます。
日本でも厳しい感想を持つことはよくありますが、
基本としてはSNSに感想は書きません。
人にどう思われるとかはどうでもいいんですけど、
わたしも作り手なので、
こういうところに書くくらいなら対面で言いますし、
対面で言えない相手なら、書きません。

最初はロシアです。
アヴァンギャルドは演劇から始まったといっても過言ではありません。
ヴェスニンなどの建築家たちも、
舞台美術を手掛けていたし、
マヤコフスキーもたくさんの戯曲を書いています。
アヴァンギャルドを代表する演出家メイエルホリドは、
スタニフラフスキーが演出した初演のかもめで、
コースチャーを演じています。

スタニフラフスキーシステムのお膝元ですから、
徹底したテキスト解析の元に演じられるという俳優たちの演技を
思う存分観たいとずっと思っていました。
昔、マールイ劇場が来日したときに見た「かもめ」は
衝撃的でしたから。

ただロシアは(ドイツも)レパートリーシステムと言って
日替わりで演目が変わります。
観たい演目が必ずしも行く日にやっているとは限りません。
日程を決めてしまってから演目を決めていったので、
何度も何度もいろんな劇場のサイトを行ったり来たりして、
演目を決めました。
ああ。この演目観たかったけど、日程が合わない、みたいなのが
たくさんありました。
出発日を操作するくらいはできたので、
もう少し考えて日を決めればよかった。

初日。
モスクワに着いたその足で、
チェーホフモスクワ芸術座の「三人姉妹」に向かいました。
ものすごく期待していたのですが、
始まった瞬間にあれ、これ好きじゃないヤツかも、
と思いました。

これは幕間。
レパートリーなので美術は基本としては簡素。

そして、肝心の中身はというと。

まず、演出の方針として、
ソファが客席に対して直角に置かれてたりするので、
しかもそのソファに並んでひとが座るので、
奥側に俳優が座ると姿が見えません。
見えなくてもいいという姿勢で演劇が行われています。

上下にカメラが設置されてて、
そのカメラが表情を捉え、
でっかくスクリーンに映し出されます。
俳優はマイクつけてて声は張りませんので、
テレビを見ているような感覚で舞台を観るかんじになります。
基本としては現代に置き換えられている(服装とか)
→テキストはたぶん再構成はされてない。

こんなカンジです。
この状態がずっとなので、人が舞台にいることも忘れてしまいます。
わたしは俳優が観たいので、
舞台の出来不出来以前に、
この状態に疲れ果ててしまいました。

そして、その演技が沈鬱そのもの。
とにかく全員がずーっと沈鬱。
「生きていかなくちゃね。」というあの有名なセリフを
いつ言ったのか気づかないくらいでした。

なぜなら生きていく気がそもそも全員ないから。

三人姉妹、驚くくらい綺麗でしたけど。
演技もたぶん、上手だったけど。
わたしの観たい演劇ではなかったな、と思います。
わたしはチェーホフに関しては、
ああ、こうやれば成立するんだ、というひとつの解を
求めていたのもあり、
チェーホフに関しておそらく熟しすぎたロシアで、
新しい解として提出された、
いわば応用編のチェーホフに馴染めなかった、
とも言えます。
とは言えいろいろ考えてみたものの、
あんな風にニヒリズムには徹底されないと思うんだけど。

翌日は、ゴーリキーモスクワ芸術座で、
(というワケでモスクワ芸術座はふたつあるので気をつけてね)
ハムレットを観ました。
ここがいちばん大きな劇場でした。
しかしですね。
ちょっと残念なくらいガッカリしてしまったんでした。
ワーッと群衆が出てくるトップシーンは、
おお。これはスペクタクルなハムレットが観られるの??
と期待しましたが、
たしかにスペクタクルではあるんですが、

ホレーショーの第一声で、
あれ、このセリフ、ホレーショーのハズだよね?
と二度見してしまうくらい、
なにを伝えたいのかがわからない。
そもそもハムレットと友人だと気づかない。

そしてハムレット。
ハムレットの浅さが致命的です。
戯曲を知ってる演目だと、
言葉がわからない分、
解釈とかダイレクトに伝わってくるもんですね。
この人がハムレットではとても見続けられない、
と思いました。

王様の亡霊は、巨人兵みたいな殺陣やっているし。

オフィーリアもこの人が狂ってもどうでもいい、
みたいなカンジだったし。

とにかくすべてが好みではありませんでした。

こんなカンジでビジュアルはカッコいいんですが。

インターミッションになった時点で、
田島さんが、
とうぜん帰りますよね、という強い意志を見せていたので、
そしてわたしももう限界だったので、

・・・帰りました。

ここまで2連敗。
モスクワの演劇に超期待していただけに敗北感も大きいです。

そしてモスクワ最終日。
マヤコフスキー劇場に、
「オーセージ郡」というお芝居を見に行きました。
これは正直言っていちばん期待していなかったお芝居です。
でも、月曜日でそんなにいい演目、
ほかにかかってなかったし、
これは「八月の家族たち」というタイトルで
映画になっているので予習できるし、
という理由で選択しました。

映画は、最初少しタイクツするけど、
最後まで見るとけっこう面白い映画でした。
家族のちょっとイヤな話というか、
日本の小劇場っぽい作品ですね。
俳優もメリル・ストリープと
ジュリア・ロバーツが主軸で超よかったし。
それでもそこまで期待してなかった。

これが。

いやー。たった2本でモスクワ演劇つまらないの?
などと疑って申し訳なかった、
とひれ伏すくらい素晴らしい作品でした。

映画ではメリル・ストリープが演じたお母さん役が
出てきた瞬間から釘付け。

これがトップシーン。
思わず座りなおしました。

映画では、
ジュリア・ロバーツが演じた長女の役の女優さんが、
「マム」と呼びかける声で、
母と子の愛憎がぜんぶわかる。
言葉がわからないなんてまったく忘れてのめりこみました。
てゆうか、素晴らしいと、
なぜか記憶のなかで日本語になってる。
ロシア語の演劇を観た、という感覚ではありません。
優れた映画もそうですよね。
心にダイレクトにセリフが届いているんだと思います。

これが映画でもとても印象的な食事のシーン。

とにかく俳優全員素晴らしい。
レベルが高すぎる。
解釈が深い。
リアリズムという言葉のホントの意味を
叩きつけられるような演劇体験でした。

わたしと田島さんは、
性格はまったく違うけど、
演劇とか映画に関しては驚くほどズレがないんです。

幕間では、昨日とはうって変わって
わかりやすく興奮している田島さん。

お互い感動したポイントをガーガー話しているあいだに、
2幕が始まりましたが、
映画ではややタイクツだった序盤が
あれだけよかったわけですから、
後半なんてもう。

たまらない。

映画ではカンバーバッチが演じた、
ちょっとボーダー気味の息子の愛しさ。
三女と図らずも近親相関になってしまうのですが、
うだるようなしがらみだらけの田舎町で、
このふたりの関係の純粋さを一瞬で好きになってしまうので、
じつはほんとの兄妹(姉弟かも)とわかる終幕が
あまりにも残酷で切ない。

この人たちでいろんな芝居を観たい。
「ガラスの動物園」も観たいし、
「欲望という名の電車」も観たい。
代表作というゴーゴリの「結婚」も観たかったです。

終わったあとも、
こんなことなら毎日マヤコフスキー劇場に通えばよかった、
と盛り上がりました。
いい芝居を観たあとは、ほんとに天にも昇る心地です。
こういう思いをしてもらえるように精進しなくては。

そして、移動したサンクトペテルブルグ。
ほんとは、ベニスの商人を現代風にアレンジした
ストレートプレイが観たかったんですが、
気づいたら完売していて、
バレエもいい演目がかかっていなかったので、
ミハエロフスキー劇場で、
「イオランタ」というチャイコフスキーのオペラを観ました。
歌唱はさすがに凄かったですが、
なにを観てるんだろう、と途中でよくわからなくなるほど、
プロジェクション・マッピングが多用されてました。
映像ショーに歌唱がついてくるかんじというか。

ロシア、映像使いすぎではないでしょうか。
もっと人の力で勝負してほしい。
俳優、みんな力があるんですから。
そして、イオランタが盲目というのがとても大切なポイントなのに、
少女時代のイオランタは盲目ですが、
精神を現したと思われる現在のイオランタは見えているので、
それは、あまり効果的ではない、と思いました。

というわけで、
ロシア演劇がすべて素晴らしいということではない、
ということと、
でも素晴らしいものは、
生涯のベスト10を揺るがす程度には凄い、
そしてたぶんそれクラスのものが、
フツーにたくさん上演されている。
というふたつのことがわかった体験でした。

注)画像は幕間以外すべて劇場サイトからお借りしました。

あと、うらやましいくらい劇場という文化が市民に根付いています。
有名な劇場ばかりということはありますが、
どの劇場も満席。
始まる前は劇場のパブで楽しみ、
幕間も楽しみ、
終演後もまた楽しむ。
老若男女、すごくカジュアルに演劇を楽しんでいます。
ロシアはチケット代もとても安いです。
これはヨーロッパを旅しているあいだじゅう、
敗北感といっていい感情を感じ続けたことです。
文化の厚み。演劇が愛されているということ。

ベルリン編に続きます。

ガウディの街を歩く-カサ・ミラ/グエル邸/グエル公園-

カサ・ミラ、正式名はラ・ペルドラ(石切り場)

バルセロナの一等地に建てられたカサ・ミラは、
実業家ペレ・ミラからの依頼によって建てられた集合住宅です。
集合住宅なので、夫妻の住居と、
賃貸人の住居がありました。
サグラダ・ファミリア、グエル公園と並んで有名な
ガウディの建築ではないでしょうか。
作った当初は人気がなくて、
親子三代家賃を上げないという約束で賃貸人を募ったため、
いまでも15万円くらいでこのバルセロナの一等地に建つ
お部屋に住めるそうです。
いまも4世帯が生活しているのだとか。

すごく正直に書くと、
今回、見学できたガウディの建築で、
ゆいいつ、ちょっとガッカリだなって思ったのがここでした。
というのも、オーディオ・ガイドが。
あ。オーディオ・ガイドは日本語がちゃんとあります。
そのガイドが、
劇作家目線で見てこれはどうなんだろう、というものだったんです。
やたらカサ・ミラを神格化し、
こう見なさい、と迫ってくる。

今回、いろんなところでオーディオ・ガイドを借りました。
そもそも声がそれに向いてない、とか、
活舌が悪すぎた、とか、
ガイドって大切って思ったんですが、
いちばん好きではないのは主観を押し付けてくるガイドですね。
今回だと、ピカソ美術館、そして、
カサ・ミラがわたし的には残念ガイドでした。
ピカソのほうは、最初事実とか豆知識が入って、
半分くらいから主観とか解釈を滔々と述べだすので、
途中から切る、という手段で乗り切りました。

しかし、ここカサ・ミラは、
その地点を通ると自動的に始まり、
しかもほとんど知識的なことはなく、
いきなりスピリチュアルな主観をグイグイと押し付けてきます。

最初のパティオに入った瞬間からそれは始まります。

「上をご覧ください。
もっと上です。
そう、ここは森です。
都会の喧騒から離れ、心を開いてください。
あなたの心の感じるままに、建物を見てください。
あなたの心の奥深くに、ガウディは、
史上かつてない領域の言葉を駆使して語りかけてきます。|
さあ、未知の世界への扉を開きましょう。」

いや。もちろんココロの感じるままに観たいですよ。
でもそんなふうに言われてしまったら。
わたしのような人間はかたくなに心を閉じてしまいますよ。

有名な屋上に入る瞬間はこれです。

「そこでは、
みなさんがかつて体験したことのない、
想像をはるかに越えた、
史上最も素晴らしい庭の風景に圧倒されるでしょう。
さあ、感じてください。」

無理だ、と思いました。
これではカサ・ミラがただのギャグになってしまう。

目の前に広がる史上最も素晴らしかったはずの風景のなか、
わたしはそっと耳からイヤホンを外しました。

ここは鯨の骨のような屋根裏部屋にあたるところ。

いまはカサ・ミラの展示室になっていますが、
昔はここにメイドさんたちが洗濯物を干していたそうです。

居室はシンプルです。
わりとフツウで住みやすそう。
ここはメイド室。

寝室です。

玄関ホールの階段。

そして、カサ・ミラとは逆に、
今回いちばん借りてよかったな、と思った
オーディオ・ガイドが、
トップ画像にもなっている グエル邸です。
グエル邸は、生涯ガウティを支え続けたパトロンであり、
バルセロナの文化のためにとても貢献した
実業家、グエル氏のためにデザインされた家です。
この家を深く観るためのとても適切なガイドだと思いました。

これが外観です。
旧市街の裏道に建つ外観は、
ガウディの他の建築に比べるとそこまで派手ではありません。
内部は瀟洒で美しく、
グエル一家がこの家をとても愛したというのが、
よく理解できます。

これが玄関ホール。
中からは外が見えますが、
外から中は見えません。

全体です。

グエル家の食堂です。
トップ画像は、礼拝堂であり、
コンサート等を開いたという客間の天井。
ガウディは光を取り入れることに拘った建築家です。
天井に空いた孔から光が注ぎます。

光の加減が美しい。

屋上はやっぱり奇怪な光景。
排気口とかをこうやってオブジェ化してるんだそうです。
楽しいですね。

ピカソ美術館から近い旧市街にありますから、
セットでぜひ見学するといいと思います。
感動しました。

そして、最後がグエル公園です。
ここは現在は公園になっていますが、
そもそもは建売住宅、つまりニュータウン的な場所として
グエル氏とガウディが計画した場所だそうです。
しかし、場所も不便で、
小高い丘の上という環境が当時のひとたちには受け入れられず、
30軒以上の住宅が建てられるはずだったという敷地に
じっさいに住んだひとは、
グエル一家とガウディ自身だけだったそうです。

いまはグエル公園を囲むように高級な住宅が立ち並び、
バルセロナの高級住宅街という趣きです。

有名な回廊。

グエル公園でいちばん高い位置にあるという
通称ゴルゴダの丘。

わたしたちはなぜか裏からグエル公園へ入ったのですが、
ここでひとつ問題が起こりました。
いちばん有名なゾーン。
すなわちタイルのウネウネしたベンチがある広場から
グエル公園と言えばここ、という、

このゾーンが今日はもう予約でいっぱいだから入れないよん、
と言われてしまいました。
なんですって。
ベンチは遠目で見れたからいいとしても、
わたしのいちばん会いたいトカゲが!
(恐竜に近い生き物たちが好き)
ちょうど植え込みの陰になってて見えない。
遠目ですら会えない!!

係のお姉さんが、
19時からならフリーで入れるよ、と教えてくれました。
時刻は18時。
田島さんが待ってもいいよ、と理解を示してくれたため、
一時間、門前のカフェで待つことにしました。

というワケで、19時と同時に階段を駆け上がるわたし。

いました。
可愛い。想像以上に可愛い。

嬉しそうにもほどがある。

そして、ベンチです。
遠目に見たからいいや、と思っていたんですが、
これがとんでもなかった。

先に座っていた田島さんが、
これ凄いよ、凄いよ、と興奮しています。
わたしも座ってみたのですが、
石の、硬いベンチだと思っていたのに、
ものすごく座り心地がいいんです。
体を包み込んでくれるような。

あとで調べると、ガウディは人の骨格などにも
拘って家具やこういったものをデザインしたそうです。
まさか人間工学的な見地もある建築家とは、
写真だけ見ていたらわからないですよね。
タイルもタイル工場で売り物にならなかった半端なものを
使っているそうです。

いのちが回復していくような、
すごいベンチでした。
グエル公園のベンチは。
行く機会があったらぜひ座ってみてください。
いっしゅんどこか凄いとこに連れてってくれますよ。

時間内に入場できなかったので、
こちらにあるもうひとつのグエル邸内部は見られなかったけど、

ガウディのシンプルで美しい自宅は見学できたし、
カサ・バトリョも、
カサ・ビセンスも外観は見ることできたし、
ガウディを堪能するという目的は果たせたかしら、
と思います。

というわけで、
建築を中心に置いたわたしたちの旅はこれで終わりです。
2026年に完成予定という
サグラダ・ファミリアが完成した姿を観たいとは
正直あんまり思わないのですが、
(どうしてでしょうね)
バルセロナはまた帰ってきたい街です。

読んでくれてありがとうございました。
でもまだしつこくちょっとだけ続きます。
演劇編。
ロシアからロンドンまでひと息に旅しますね。
どうぞお楽しみに!

ガウディの街を歩くーサグラダファミリア編-

バルセロナに行きたい、と人が言うとき、
その大きな一部をガウディが担っているのではないかと思います。
ピカソもミロもダリも、
他の場所でも見ることができる。
でも、ガウディが一生涯をかけて作ったサグラダファミリアは、
バルセロナに行かないと会うことができません。

わたしの知る、バルセロナに行った人たちは、
皆、ガウディの建築は呼吸してる。
行かないとわからない。

と言います。
悔しいなー、と思っていたけど、
でも確かに写真でだけ見ていると、
どこか怪物じみた、
建築という概念を外れた
異形の建築に感じられます。

そんなガウディの建築に、ようやく、
会うことができました。

じっさい目の当たりにすると、
たしかにバルセロナの街並みのなかでも
異彩を放ってはいるのですが、
写真で見ていたものとはまったくベツモノなんだな、
とわかります。

なんとなくダリとかガウディ好き、
と言ってればカッコいいんじゃない、って勘違いしてた若い頃。
バウハウスみたいな直線の建築が好きで、
もしかしたらそこまで好きじゃないかも、って思ってた
それからの年月。

じっさいに見て、触れて、
いまは、好きを超えたなにかを感じています。
すべてが特別すぎました。

初日、いちばん最初に、サグラダファミリアに行きました。
最初と最後がサグラダファミリア。
そう決めていました。

サグラダファミリアのドキュメンタリで、
サグラダファミリアはあまり大切にされていない、
なぜなら、周りの景観は平凡で、
地下に鉄道を通そうとしている、
というくだりがありました。
(サグラダファミリアが建築許可が切れていた、とか
そういう問題が背景にあったらしいです)

最寄りの地下鉄駅を降りて、階段を上ると
そこにはサブウェイとかマクドナルド。
あー、ほんとに映画で言ってた通りだなあ、と思いながら振り返って、
飛びのいてしまいました。

なぜならそこにとつぜんサグラダファミリアが聳えていたから。

これは生誕のファサード。
よく写真で見るのは、前に公園があって、
その池越しに撮った絵です。
じっさいは、あんなに美しい場所に立っているわけではありません。
そうですね。。。
渋谷のヒカリエのかわりにサグラダファミリアが立ってるカンジ
を想像していただけると。

でもそんなこと、まったく関係ないくらい、
サグラダファミリアは美しかった。
じっさいに行ってみないと、
そして中に入らないと、
この素晴らしさはわからないと思います。

裏側に受難のファサードがあります。

予約するとき、どちらのファサードから入るか、
どちらの塔に上るか聞かれます。
塔には登らないチケットもあります。
おそらくとても悩み、もしかしたら両方、
時間や日を変えて入ろうか、と考える方もあるかもしれませんが、
その必要はまったくありません。
なぜなら、内部はひとつに繋がり、
塔も登ると回廊で繋がれて、
どちらからも降りてこられるからです。
そして、生誕側から入ったひとは受難の側へ、
受難から入ったひとは逆の順路で、
出たり入ったりできるというか、
ガイドツアーがそういう作りになっています。

わたしはでも、やっぱりガウディが生きている間に完成した
唯一の門である、生誕のファサードから入りました。
生誕のファサードには、なんと。

ロバがいましたよ。
この他、ロバはキリスト生誕のシーンでも、
横に控えて見守っていました。

こんなところにもロバが。

オーディオガイドは日本語が用意されています。
ほぼすべてのガウディの建築で日本語ガイドがありました。
日本人観光客もとても多いです。

オーディオガイドはとても丁寧に作られています。

ここが祈りの場であること。
はしゃぐために来る場所ではないこと。
きちんと説明してくれるし、
世界にすっと吸い込まれていくような気持ちにさせてくれます。

内部は、無宗教なわたしも敬虔な気持ちになる、
あたたかな荘厳さに包まれていました。
ガウディの建築で、
意外だったけれど、いちばん感じたのは、
このあたたかさです。
曲線が多用された有機的な建築だから
というのもあるかもしれませんが
おそらくはこの建物が持つ哲学が
孕む温度であるように思いました。

これは、生誕側のステンドグラス。
生誕の側は、ブルーを基調にした寒色です。
受難の側は、オレンジを基調にしています。

サグラダファミリアには、
自然のすがたがいろいろなかたちで取り込まれています。
果物が掲げられた塔や、
絡まる蔦の彫刻、鳥、
光のありさま、
逆らってはいけない、
と生前のガウディは常に考えていたそうです。

その中で、
人間というのもそれらのものより偉いものでも
劣るものでもなく、
等価に捉えられている。

それは、そのまま、いのちを、
肯定してもらっている、
そういうことなのだと思いました。

有機的すぎて
もしかしたら怖いと思うかもしれないと思った内部は、
ただただ美しく、歩いていると、
森であったり、山の中だったり、
そんな場所にいるような気持ちになります。
わたしたちはここから来て、ここに帰るのだ、と。
そうだ。ヤンバルの森のような。

塔にはエレベータで登ることができます。
塔に上ることができる券を買うと、
塔に上る15分まえくらいに入場となるので、
入ったらすぐに塔にのぼらなければいけません。
わたしたちはノンビリオーディオガイドを聞いて
いろいろ堪能してから行ったので、
ほんとはダメだけど登っていいわよ、と係の方に言われました。
ハイシーズンだとそのあたり厳密かもなので
お気をつけください。

これは塔から下を見下ろしたところ。
塔に上らないチケットもあるけれど、
せっかく行くのならぜったいに上ったほうがよいです。
胎内を歩くとはこういうことなのか、という
体験ができます。
階段を下りているあいだほんとうにしあわせでした。
ただ階段を下りていくだけなのに。
この時間がずっと続いてほしい、と思いました。

自分でもちょっとびっくりするくらいいい顔をしているわたし。
自由ですね。とても自由。
ガウディは言いました。
「人は不自由な存在だ。しかし、人間の意欲のなかに自由は存在する。」
モノを作るひととして、
いちばん手放してはいけないスピリットを、
わたしはその時、
この手に握らせてもらっていたんだと思います。

サグラダファミリアは、ガウディが設計者とは言いますが、
スペイン市民戦争で、模型も資料もすべて燃やされ、
いまは、ガウディが残した部分をもとに、
さまざまな人の英知と技術によって作り続けられています。
ガウディの残した言葉、思想をもとに、
作られている、とても特殊な建築です。
関わっているひとたちは、
ガウディならどう考えるか、と深く思考しつつ、
だからと言ってガウディにおもねず、
作り続けています。
そんな作り方をされている建物があること自体が俄かには
信じられません。

日本人としてサグラダファミリアの彫刻を掘り続け、
重要な仕事をたくさんされている
外尾哲郎さんという方がいます。
その方の「ガウディの伝言」は名著だとわたしは思うんですが、
わたしが百の言葉で説明するより、
ずっとこの建物やそれを成り立たせている思想を
知ることができると思います。
コチラにインタビューがあります。

ガウディは最後、不慮の事故によって亡くなっています。
最後の日、たくさんの技術者たちにこう声をかけたそうです。
「諸君、明日はもっとよい仕事をしよう」
その明日は巡ってはこなかったのですが、
その精神は脈々と受け継がれています。

本来は演劇も、そのように作られるべきなんだろうと思います。
戯曲という設計図があり、
演出家が道筋を作る。
でもそこから先は、
俳優やスタッフたちが自分の存在をかけて、
彫りだしていく。
最後に作品ができる。
それは誰のものでもない。

住宅を作るときは、
オーナーがそこに住んで幸福であることを大切にしたということを
帰ってきてから読んだ本で知りました。
そう。我の強い天才だと思っていたガウディは
(気性はとても激しいひとだったそうですが)
むしろ建築の考え方は徹底して無私のひとだったのです。

そのことは知らなかったけれど、
わたしはいろいろな瞬間に、
そのことを感じ続けていたような気がします。

ヨーロッパの教会はどこも、
神様にささげられたものは美しいな、
と思わせる特別な場所ばかりですが、
サグラダファミリアは、神様の幸福のために創られた場所。
そんな思いで作られた教会が、この世にあるなんて。

ガウディは、
自分で作った美術館に埋葬されたダリ同様、
このサグラダファミリアの地下に埋葬されました。
教会の地下に、一介の建築家が埋葬される。

ほんとうは今日だけでガウディを書ききるつもりだったけど、
とても無理でした。
あとほんの少し、お付き合いください。