38度線

先日、日韓交流事業の一環として韓国に行ってきました。
拙作「insider」を韓国の演出家、そして韓国の俳優たち、
もちろん韓国語で上演してもらったのです。
とても小さな会を想像していったのだけれど、
シアタートラムくらいの規模の、
歴史あるとてもステキな劇場で、
満員のお客さまの前で、
それはそれは素晴らしい上演でした。
この小柄な女性が、演出のチェ・ジナさん。

韓国は現在、me too運動が盛んにおこなわれていて、
演劇界もその例に漏れず、大物の演出家が告発され、
劇団が解散したりして、激震しています。
わたしたちの上演があったその日、
有名な俳優さんが告発され、
自殺されたということで(それはあとで知りれました)
なぜ加治さんが自殺したのか、
という質問をたくさんの方からいただきました。
通訳の方を通じての話だったので、
どこまで伝わったか、
またわたしが先方の言うことを理解できたのか、
いささかココロモトありません。

そのことも書きたいのだけど、
唯一、半日空いた日に、38度線まで行ってきた、
その話を書こうと思います。
韓国と北朝鮮のあいだにある、
軍事境界線上の場所としては、
板門店が有名だけれど、
ツアーでないと行けないし、
もし命になにごとかあったとしても保障できません、
というサインをして参加しなければならないらしく、
国からのお金でご招待されて行っている身としては、
いささか軽率な行動となりかねません。
でも韓国ツアーに自費で同行していた田島さんが、
→そういう彼の行動力はホントに凄い。
38度線、行けるんじゃないかな、というので
調べてみると、確かに韓国のひとも行ける観光地
(板門店ツアーは韓国のひとは行けない。)
烏頭山(オドゥサン)統一展望台というのがありました。
ソウルから小一時間。
展望台に2時間かかっても十分戻れると判断し、
出かけることにしました。

展望台のふもとまでは、
ソウルから高速バスで行きました。
高速道路を走りますが、路線バスです。

高速は、国境沿いを走ります。

よくわからないと思いますが、画面の左のほうに写っているのが
見張り小屋です。迷彩色が塗られています。
そういう場所をフツーに車が走っています。
同一民族が政治的主張の違いによって分かたれた場所。
それを目の当たりにしました。

展望台のふもとの駅で降りて、
そこからは無料のシャトルバスに乗ります。
展望台からの景色は絶景です。
イムジン河と漢川がぶつかる場所。
北朝鮮は目視できます。
直線距離で2キロあまりなのだそうです。

わたしが子供のころ、ドイツは東西に分かれ、
ベトナムは南北に分かれていました。
政治的スタンス(経済システム)の違いで
同じ国がふたつに分かれていることが、
フツウのことと思って育ちました。
その理不尽さ、割り切れなさを知るのは、
もっと大人になってからです。
日韓併合という言葉も、テストで点数を取るための
暗記項目に過ぎませんでした。

当時の朝鮮半島は日本の植民地でした。
朝鮮半島が南北に分断された直接の原因は、
太平洋戦争終了時に、
ソ連が、領土を少しでも広げようと侵攻してきたからで、
戦争で負けた日本はなにもできませんでした。
日本が統治していなかったら、
すべてがソ連領になっていたという説もありますが、
それもタラレバの話。
朝鮮半島のひとたちにしてみれば、
自分たちではどうにもできないところで、
そんな大きなことが動き、決まってしまった。
そしてそれは今もって解決していない。
その理不尽さを日本人として目撃している自分。
引き裂かれるような感覚を、忘れないくらいしかできない、
そう思いました。

これは、写真を撮ってもらったものの、
どう撮られたものかわからず、
ボンヤリした顔のわたしですが、
見ていただきたいのは、わたしではなくてこの望遠鏡です。
この望遠鏡で、かなりありありと対岸の景色を見ることができます。
それが観光になりえるんだ・・・とまた複雑な気持ちになりましたが、
ソウルに帰ってきて、通訳のジュリさんにお聞きすると、
北から来て帰ることのできないひとたちが、
せめて望遠鏡で故郷を見る、そんな意味もあるんだ、
と教えてくれました。
自分の未明というものはどこまでもどこまでもついてきます。
恥ずかしいです。

わたしには、
「記憶、或いは辺境」
そして、演出で関わった
「国語の時間」
という2本の日韓についての演劇があります。
調べても調べてもわからないことはたくさんある。
こうやって身を運び、体験することでしかわたし程度の
想像力では補えないことばかりです。
いくつになってもそのことだけはさぼらないようにしなくては。

改めて。

蘇る青春

シリアルナンバーとしての始動は、
6月なのは既報のとおりですが、
その前に、このお芝居をやっております。
そう。シェイクスピア。夏の夜の夢。
昨年ご一緒した陽だまり座の皆さんとタッグ再び。

しかしー。とうぜんだけどタイヘンです。
セリフをそうとうカットさせていただいて、
それでもやっぱりタイヘンです。
いやほんと。タイヘンです、しか出てこない。

年明け以降の土日をすべてこの稽古に捧げているのですが、
半日ギッシリかけた稽古が終了するころには
マジでグッタリ。
稽古大好きを公言し、
稽古してる分には疲れを知らないわたしが、
口を聞けないほどの疲弊感。

演技を実際にやってみせないことでは、
人後におちないわたしですが、
やって見せないことにはどうにもできない。
田島さんがオーベロン役で出演してくれてるので
田島さんを相手役に、
昨日は、
妖精王オーベロンと女王ティターニアが
魔法を掛け合うというシーンや
ヘレナがディミトリアスに
「わたしはあなたのスパニエルよ。」
と叫びながら、四つん這いになり、尻尾を振るシーンを
熱演。
(そんなシーンあったっけ?という質問は
断じて受け付けませんよ。)
妖精パックも妖精も職人も、
この際、ぜんぶやってみせます。
やらないと進まないのです。

結果、グッタリ。

(余談ですが、「おとうふコーヒー」の現場では、
青木さん、かなりやってみせてました。
しかもそれが超巧い。)

そんななかにも楽しいことはたくさん。

夏の夜の夢といえばなんといっても恋、
恋、それは青春。

セリフが入ると同時に恋への情熱を思い出してくれたらしく
ここのところの稽古でついに
熱いエネルギーが稽古場に溢れ始めました。
捧腹絶倒のシーンもあります。
まだぜんぜんそこに到達できず、スーンとしちゃうシーンも
あります。
本番へのデットヒートです。笑。
しかしですね。化けたときの凄さが妖怪なみなのは
この年代、しかも演技体験の少ないひとたちの
醍醐味なのは、言わずともわかってますよね。みなさん!!

そして、田島さんが、
オーベロン役として通し出演致します。
(芝居は3チームあります。トリプル・キャスト
その3チームすべてに出演します。)
ムダにカッコいい。
いや。カッコよくていい。
なぜならオーベロンだから。
歌い、踊り、なぜかひとりだけほとんどセリフを
カットしてもらえない田島さんを堪能できる作りと
なっております。
田島さんの二枚目はserial numberではしばらく封印なので、
この機会にぜひご堪能ください。

ご予約方法などは、メールマガジン
「最速シリアルナンバー」でお知らせしますね。
少々お待ちくださいませ。

オールドルーキーでさえなくても

韓国でのinsiderリーディングのこととか、
いろいろ書きたいことはあるのですが、
まずはこのことを。
芸術選奨 文部科学大臣賞 新人賞 というのをいただきました。

この時期は昨年一年の活動に関しての賞が発表される時期で、
昨年に引き続き
鶴屋南北戯曲賞の最終候補に選んでいただいたりはありましたが、
なんとなくひと段落。
そんなタイミングで考えもしてなかった賞をいただき、
ほんとうにビックリしました。

3月8日の情報発表までは、
他に誰が選ばれたかも知りませんでしたので、
発表を見て、
自分の場違いさに改めて恥ずかしくなってしまいました。
そんななか、利賀村で参加した、
若い演劇人たちを集めてのアートマネジメントの勉強会で、
平田オリザさん、安田雅弘さんとともに、
惜しげもなくすべてを教えてくれた宮城聰さんが
文部科学大臣賞ということで、
いっしょに受賞させていただいたことは
嬉しいできごとでした。

これも支えてくれた俳優たち、
最強のスタッフたち、
そしてなによりお客さまのおかげです。
ほんとうにありがとうございました。

選考理由にありましたように、
「アンネの日」そのほかの成果、でいただきました。
製作母体となってくださった
三鷹市芸術センターにも大きな感謝を。
また選評で言及していただいた
「海の凹凸」の俳優座さんにも改めて。

わたしは、長いこと無名も無名でした。
早咲きの才能が多い演劇界で、
明らかに天才ではなく、
たいした評価もされず、
お金の苦労だけはものすごくしながら、
演劇を続けてきました。

強みがなにかあるとしたら、
ずっと演劇以外の手段で口に糊してきたので、
わりとしっかりビジネスの現場を体験していること。
ダブルワークで
まったく向いてないホステスをやって
劇団の借金を返していたこと。
そういう一見演劇人としてはムダな、
人生の体験値です。
それから、演劇を、とにかく演劇を
さぼらず観てきたこと。
知らないあいだに身体に溜まった演劇知は、
わたしの財産です。

大好きな竹原ピストルさんの歌に、
「オールドルーキー」というのがありますが、
その言葉で思い起こすのは、
それでも30代くらいなのかなと思います。
なので「オールドルーキー」という言葉すら
もう似合わないわたしですが、
創りつづけられる喜びを大切に、
丁寧に演劇を創っていければと思います。

写真は、授賞式に参加してくださった俳優座の岩崎加根子さん。
そして相方の田島亮くん。
3名しか列席できない授賞式にはあと三鷹の森元さんが参加して
見守ってくださいました。
そしてお着物は、着付の同期が着付けてくれました。
会場のホテルになぜか着付師ふたりを連れて乗り込んだという。
大物か。笑。
でも、今までは先輩にお願いしていた着付を、
なんの心配もなく同期にお願いします、と言えて
素敵に着付けてもらい、それも嬉しい授賞式でした。

ほんとうにありがとうございました。

器とか

台所のものだけは、わりと
いいものを使っています。
鍋も細々した調理器具も時間をかけて探したので、
もしダメになっても同じものを買うと思います。

そんななか、増やしすぎたくはないけど、
やはり器はとくべつだなと思います。
小道具とかだと100円均一のものとか使うけど、
あれはいやなものね。
なので、ひとに頼むときは贅沢言いませんが、
自分で小道具をやるときは、
リサイクルをマメに探します。

そして自分が使っているものは、
何年もかけてコツコツ集めたものです。
好みが変わっていくので、
いまとなっては、これどうかな、とか、
超気にいって買ったけどそういえば使ってないね、
とかあります。

ずっと粉引きのものが好きだったけど、
最近は、茶色くて武骨なカンジの食器、
欲しいなー、と思っています。
前はツルンとしたのが好きだったけど、
しのぎのものに夢中だったりなど。
昔から興味がなくて、
いまもって興味がないのは藍染の食器。
ひとつ気に入ったものとか手にいれると
たくさん買いだしそうな気がしますけどね。

いまいちばん愛しているのは、
このマグです。
しのぎっていうのは、こういう陶器の表面が、
削られたもの。
元は刀剣とかの高くなってる部分のことらしいです。
しのぎを削るっていうのは、そこが削れるほど
激しい戦いのことなんですって。いま調べました。
いっしょに買ったグラタン皿は、
いま現在、オーブンがないのと、
グラタン作ってまで食べたくないので、
あまり活躍してないです。

それまで最愛だったこのマグは、

すっかり出番がなくなりました。
ポイントは大きさと持ち手。
持ち手の開きが小さくて持ちづらいんです。このコは。

いま毎日のように出番があるといえば、

このお皿だと思います。
かの有名な、ほぼ日の、例の、
「ほんとにだいじなカレー皿」です。
とにかく毎日使いますね。
カレーはもちろん、サラダも、パスタも、
おかずもすべてこればかり。
そんなね。ミーハーか、ってカンジですが、
いいものはいいんだよね。いいものは、いい。

最新版は、これです。

沖縄で廃校でやっているアートフェスに行き、
そこで遭遇しました。
最初の画像がその展示風景。
そしてコレがポトフを盛ってみたところ。
沖縄でしたが、まあまあな値段でしたが、
一瞬で決意して買いました。
問題は器としての完成度が高すぎて、
なかなか使用できないことです。
なにが合うのかな。
いや。カレーは合うと思うんですが、
色がつきそうで二の足を踏んでいます。
わたしが思うに、同じポトフでも、
もっとゴロっと野菜を煮て、
大きいのがドンドン、みたいに盛ると
合うと思うんですが、
グズグスになるまで煮込んだキャベツ、
諦められないですよね。
意外にハンバーグとかいいかもしれないなー。
ハンバーグとか、ステーキとか。
深いんですけどね。カーブが。
でもそういうオシャレな料理が合いそうですね。

以上、どうでもいい器のエントリーでした。
そのうち、おたまとか、皮むき器とかの記事を書きます。

地と風と水の駅

転形劇場のことを書いた過去記事
別なブログにあって、
それは太田省吾さんの訃報に触れたときのものだ。

大杉さんの急すぎるご逝去にあたっても、
これ以上書くべきことがないような気がする。

大谷石の採掘場でやった「地の駅」には、
バスツアーで行った。
どう考えてもメジャーコードではない、
沈黙の芝居に、バスツアーが出て、
たくさんのお客さんが行く、そんな時代だった。
いまより、たぶん、お客さんの咀嚼する、
顎の力が強かった。
そして、岩手から上京してまで
そんな芝居を観たかったわたしは、
文化というものに対して、
どれほどにも背伸びしたい少女だったのだろう。

そして、そんな世界的な評価のある凄い劇団なのに不器用で、
いつでもナゾの待ち時間があった。
表参道の銕仙会能楽堂の前に出来た絶望的な長蛇の列は
忘れられない。
あの頃はチケットぴあなんてなかった。
電話して、ドキドキしながらチケットを取った。
いつまでも自分の順番がこなくて、
ようやくチケットを買って会場に入ると
信じられないくらいギチギチの場所に詰め込まれ、
ヒザを抱えて、
咳さえ許されず、あの芝居を観たのだ。

水の駅も有名だけれど、わたしは、
小町風伝の漣さんが忘れられない。
それは痴呆の老女(佐藤和代さん。名優)が、
インスタントラーメンを作る、
その数分間を、
芝居にしたものだ。

客入れするとすでに人々がゆっくりゆっくり
スローモーションで橋がかりを進んでくる。
宮廷行列なのかと思った人々の群れは、
じつは貧しき底辺のひとたちで、
運んできたのはあばら家のパーツであり、
それらを組み合わせ、
無であった舞台に老女の家が立ちあがる。

漣さんは隣の家の吃音の青年。
社会になじめない彼を老婆は愛し、
官能的な交流を持つ。
これと水の駅の漣さんのシーンは、
わたしが演劇で見たなかで、
もっとも色っぽいシーンだ。
素晴らしい俳優さんばかりの集団だったけど、
漣さんには、
その集団にはどこかそぐわない華があった。

好きな劇団はほかにもある。
しかし愛したと言い切れる劇団は転形劇場だけだ。
わたしの駅、立ち返る場所。
最後までうつくしかったひと。
まだまだ生きるべきだった、でも。
冥福をお祈りするしかないじゃないか。