アトムのことと2019年度のこと

『アトムが来た日』まもなく稽古が始まる。
ちょっと別仕事に取られたりとかして、まだ執筆しているけど、
稽古入りまでには書きあがると思う。
稽古場で調整しながら直して、
上演台本にまで持っていくのはここのところのスタイル。
書いてて自分で打ちのめされるという作品です。
けして暗い作品ではないし、笑いも入ってきそうですが、
情緒的にというより、作品の孕む現実に打ちのめされてる。
この題材ですから当たり前ですよね。
どんな作品か予測がつかない、と俳優たちが言ってましたが、
たしかに誰も想像してないような内容です。
こんな作品はわたしも初めて書きました。
この段階で言うことではないですが、この作品で、今回のキャスト。
タイヘンなことになるかもしれません。
ほんとにタイヘンなことになってきたらまたお知らせします。
いまは、ただの予感です。

上演時間は120分程度です。
わたしは、だいたい物語のスケールで上演時間を先に決定して、
そこにだいたい納める方式で書いています。
そのためであればカットもします。
大河ドラマなのに、90分はおかしいし、
ワンシュチュエーションの会議モノで120分超は持たない。
今回は、大河ドラマ×会議モノという特殊な作りです。
なので、120分。ちょい超えるかも。
と予告しておきます。

来年度のことを考える時期です。
演劇の制作に携わっている方なら、あ、なるほどと
思うと思います。
わたしは例年、ここまでに外部仕事含めて、
だいたいの構造をセットアップしてしまいます。
そしてほとんどそれとズレません。
もちろん資料とか取材で少し構想が変わることはあるんですが、
この習慣のおかげでとても自分が助かっています。
企画自体は2年先、3年先まで進めていて、
取材もだいたい同時に始めていて、詳細は、この時期に決める。
たいへんでもストーリーボード、書いておく。
クオリティ確保のために外せない習慣かもしれません。

というワケで来年度は、
自分のところは2本。
風琴工房時代の作品の再演がひとつ。
新作がひとつです。
再演は、これをやるためにserial numberを結成したと言っても
過言ではない作品です。
「アトムが来た日」の公演会場で配布するチラシで情報公開の予定です。
お楽しみにお待ちください。

新作も同じタイミングで発表すると思いますが、
これは圧倒的に面白いハズです。企画内容に死角なし。
ただ素直な気持ちで書けば面白くなる凄いテーマです。
早く書きたい。

外部提供もいくつかあります。
ひとつは、文学作品の舞台化になるのではないか、と思います。
これは、たいせつなたいせつな作品になる予定です。
またお知らせします。

そして、ああ。ついに、これを書く、というテーマに
手を出しました。
まだとうぜん情報公開されてないんでわたしが
書くわけにはいかないのですが、
たぶんなし崩しに、わたしも知らないうちに公開される予感がします。
そう。つまり。あそこですよ。
あのカンパニーに再び書き下ろしさせていただきますよ。笑。

来年度の最後は、「おとうふコーヒー」も記憶に新しい劇団銅鑼です。
わたしに作と演出も任せてくださるそうです。
こういうお付き合いの流れは嬉しいですね。
信頼に応えたいです。
題材は、幕末を生きた日本最初の女流写真家 島隆(しまりゅう)さん。
タイトルは「蝙蝠傘と南瓜」
先日「残の島」を朋友さんでやっていただき、
すごくステキな作品にしていただいたんですが、
ああいう女をテーマにした作品なー、
やっぱり自分でもやりたいよなー、演出、
と思っていたので、とても嬉しいです。

というわけで頑張ます。しかし2019年度が来る前に、
アトムがあって、リーディングがあって、旧作の作品提供と
コットーネがありますので。。。がんばります。
とにかくがんばります。

SPAC「授業」西悟志演出

合間を縫って、公演知ったときから行きたいな、と思っていた
西悟志さんの「授業」に行きました。

ここでいきなり話がズレますが、
西さんはわたしと田島さんの演劇的な意味での仲人です。
田島さん。わたしの相方の田島亮さんですね。
かと言って西さんは田島さんとは、
そもそもわたしとも知り合いではありません。

わたしと田島さんがserial numberを始めるにあたっては、
始めたいの始めないの始めたくないのという、
演劇を巡ってのたくさんの山場がありました。

そんな時期に観たのが、西悟志さんの「マクベス」でした。
西さんは昔、小鳥クロックワークという劇団をやっていて、
知る人ぞ知る演出家で、わたしはけっこう観に行ってました。
最初は、山の手事情社の倉科淳子さんが出る「スペードの女王」だったと思います。
わたし、前衛っぽいものはですね。
太田省吾とカントールで育ってまして、文学少女の慣れの果てでもあり、
けっこう斜めに構えて観に行ったのですが、
これがかなり面白くてですね、
そのあと「わが町」に行って感動して、
で、たぶん解散して別ユニットで「ニッポニアニッポン」かな。
三条会の関さんといい利賀演劇フェスの最初頃って凄かったですね。
ところがそのあとコツゼンとして姿を消してしまうわけです。

その間10年。

あー。もう見ることできないんだろーなー、と思っていたら、
大好きなソンハくん(博多までエリザベート観に行ったくらい好き)
と、とつぜん復活公演的なものをやる、と聞きまして、
その足でチケットを取りまして、行きました。
「マクベス」
これがほんとにほんとに凄かった。
この「マクベス」は、4幕2場から始まり、また最初に戻り、
という構造でした。これ論じだすと「授業」の話できなくなっちゃうから
省きますが、いちばん物語の本筋と関係のない母子が殺されるシーン
ではじまることで、戦争とか権力争いの本質を見せるという
神業みたいなお芝居でした。しかも俳優ふたりで「マクベス」って!!
夫婦漫才形式のことばっかり書かれがちな印象でしたが、
わたしはとにかくそこにビックリしたと思います。
この映像の4分経過くらいに観に行ったわたしと田島さんが
興奮のあまり飛び跳ねている映像があります。

そしてそれをふたりで観たことで、
やりたいことは(スタイルはぜんぜん違うけど)こういうことだよね、
なによりいろいろなところが違うわたしたちだけど、
演劇の魂だけは共有してるのかもしれないね、
と思ったできごとでもあったのでした。
ふたりとも飛び跳ねてたからね。自然発生的に。笑。
撮ってた友達、ポカン、みたいな。
で、これは仕方ないなーと腹をくくっていまに至る。

それで、静岡だけど、これは行くでしょ、ということで「授業」、
行ってきました。
イヨネスコの「授業」はわたしも演出したことがあります。
わたしは、いまの女の子は、
被害者として殺されるんじゃなくて、
むしろ殺させるようにしむけるんじゃないかな、と思って創りました。
パンツ脱いだり、机の上で大股開いたり、
そして最後は願いを果たして能動的に殺されていく。
彼女にとって現世に希望なんてなくて、
絶望だけを身体いっぱいに満たし、
男性を弄び、死への欲望を果たす、
いま思ってもなかなか面白い「授業」だったと思うんですが、

西さんの「授業」は、怒ってました。
女性自身が怒っているのではなくて、
男性という他者が、
女性性のために怒っている芝居でした。
わたしは蹂躙される女性性の側なので、むしろ、
教授が40人殺したという事実なんてそれこそ
塊りとしかとらえていなかったのですが、
ひとりひとりに名前があり、死ぬまでは生きていた。
それを恥ずかしげもなく叫んでくれていました。
大学入試は、一律減点され、
レイプされても立証できず、
誘惑したからだ、とまで言われる女性たち。
いつのまにかその立場に甘んじていたな、と。

アカデミズムの暴力性や、
知性が劣情を産む、男性性のあられもない姿という
イヨネスコが仕掛けた戯曲の本質の、
一歩先をいく、というか、イヨネスコでさえ
気付いてなかった盲点を捉える西さんの「授業」
イヨネスコがこれを見たら、
いや。それは思いつかなかったな、と言うんじゃないだろうか。
イヨネスコに忠実に、
でもイヨネスコを超えていく。
ステキな体験でした。
青臭いの、もよかったですね。
青臭さが、洗練された技術と、
たぶんすごいしつこい完璧主義の演出と、
キマイラ状になって、
なにもない空間にトグロを巻いてるような舞台でした。
役者さんもみんな素晴らしい。
明瞭で、セリフがほんとうによく聞こえてきました。

10月最後の日曜日まで観ることできるみたいだから、
静岡まで行く価値ありですよ。
アリです、と言っておきます。
情報も貼っちゃう。
来年は新国立でリチャード三世だそうです。
西さんがリチャード!!
ああ。楽しみすぎる。

そして演劇は続く

そして人生は続く、みたいな意味ではなく、
たんじゅんにわたしの演劇が続きます。
じゅうぶん仕事してるように見えたと思うけど、
今年は(なぜか来年も再来年も)
年の後半に仕事が押し込まれてて今年もそうなんです。

まずは。
10月に劇団朋友「残の島」です。
伊藤野枝を書きました。
有名なところじゃなくて、
野枝が故郷の福岡に帰りまくって
子供を産みまくる10年を描きました。
なので辻潤も大杉栄も1シーンか2シーン、
大きく出てくるだけです。(もちろんとても重要な役です)
タイトル「残の島」は、野枝の実家の前に広がる海に浮かぶ島。
能古島を地元のひとたちが残島と呼んだ、という
ところから取りました。
野枝だけではなく、従妹、実母、そして女中さんたち
もちろんもうひとつの軸になる娘のルイズ、
さらには彼女にインタビューする女性記者。
多層的に絡まる女性の物語です。
心に届くものになるといいなと思います。

次はいよいよ「アトムが来た日」です。
宣伝もロクにできないうちに優先予約日がやってきて、
トラムのペナキリ、いや、それ以上のご予約をいただきました。
しかしキャパシティがトラム公演の約半分なので
あれ。なんか、ちょっと驚く・・・というカンジです。
千穐楽は、おそらく早々に完売になるのでは、と思います。
名前が変わって、しばらくは周知に手間取り、
お客さまも減ってしまうのではないか・・・と心配していましたが、
昔からのお客さまにはしっかり支えていただき、
さらに新しいお客さまがたくさん予約してくださったかんじです。
題材とキャストゆえでしょう。
そして認めたくはないけど(笑)田島効果なのかもしれません。
がんばりたいと思います。

さらには、「アトム」の前に、可児市のアーラという劇場で、
リーディングの演出をさせていただきます。
詳細はコチラ
公募の恋文から選択して構成台本にして、
それを読むというシンプルなものですが、
アーラの人気シリーズだそうです。
手紙はすべて読み、わたしの希望も入れたうえで、
「あおきりみかん」の鹿目由紀さんが
構成台本にしてくれました。
手紙はそれぞれバラバラなものなのですが、
対になったような構成にしたい、というわたしのオーダーを
しっかり具現化してくださり、手紙で会話しているような
物語のある素敵な台本ができてきました。
いろんな世代のいろんな状況のカップルだったり、
カップルじゃなかったりというひとたちの恋文。
ほんとは、男同士とか、女同士のカップルの手紙もあったらなあ、
と思ったけど、そもそもの選択肢になかったのが残念。
とはいえ、多様性みたいなものも盛り込めてると思います。
この作品を市毛良枝さん、石丸謙二朗さんが読んでくださいます。
演出と言ってもシンプルなものなので、
采配ふるうところも少ないかんじなのですが、
ふだんはフリー素材を使用しているという写真を撮り下ろしてもらったり
題字を作ったり、美術チマチマ工夫したり、
マニファクチャーなカンジで進めます。
近場の方、ぜひいらしてくださいませ!

これで終わりかと思いきや、
あと一本あります。
オフィスコットーネで、大竹野正典さんの作品を演出します。
佐藤誓さんが出演した「屋上のペーパームーン」を拝見して
大竹野作品に魅入られてしまい、
わたしもやりたい、やりたい、とずっと言っていて、
プロデューサーの綿貫さんが根負けしたかたちで実現しました。
というワケで、猿のように張り切っています。
すでにして、ラストの演出を思いつきまして、
鳥肌を立てています。おめでたいですね。
でも、出演する塩野谷さんは、チラシ撮影の段階で、
しっかり製本したホンを持ってらして、
かなり読み込んでる様子でした。
わたしではなく、なぜか綿貫さんに、
「ここ歌ってもいいかな。」と言って断られていました。
わたしはそれアリかも、と思ったので、
本番でどうなったか楽しみにお待ちください。

来年度のことも書こうと思ったけど、ちょっとコッテリしすぎるので
やめておきます。
再演1本、小説原作1本、新作3本の予定です。
ぜんぶ作・演出です。それについてはまた今度!

海辺の町で作る意味

私は盛岡から上京して、東京で演劇を作ってきた。それは、歪な町、東京を愛してしまったから。自分の才能を過信しえない、厳しい環境も好きだし、わたしの持つ演劇スタイルも東京と共に創ってきたもので、これからも東京で演劇をやっていくのだと思う。

だけど、当初から、座組のなかでもある「東京でやれないのはもったいない。」という言葉には抗いたいと思って創ってきた。それはこれだけ時間をかけた作品を、例え東京であっても一か所でしかやれないのはもったいない。また、わたしのお客さまも、劇団のお客さまももちろん東京に多いので、集客ということではいつもよりは寄与できず、それは申し訳ないな、と思うけれど、それ以外の点では、水戸でなければならない理由しかない。

ひとつは、作っているのは水戸の劇場で、とうぜん制作陣はそこのひとたちで、ならばこの演劇は水戸芸術館で観ることが、いちばんだし、大切だと思うからだ。わたしは演劇製作ということについて、人の何倍もガツガツしてるし、わりときめ細かくもあるので、いろいろ物足りなくはあり、時に怒ったりもしているが、お金とか場所とか、そういったリスクを取っているのは水戸芸術館だから、そこまでやったのにこの演劇?みたいなときに「もったいない」という言葉は使用すべきで、なぜ東京でやらないことが「もったいない」のか。意味が解らないし、ほんとうに失礼なことだな、と思うからだ。

もうひとつは、東京は東京ローカルであって、他都市に比べて、優位性のある都市ではまったくないからだ。プロデューサー気質なので、東京で先行リーディングしたら少しは水戸へ来てくださるお客さん増えるかな、と思ったりはしたが、「東京でやらないのはもったいない。」という言葉がフィロソフィーとして醜いと思うくらいの芸術家としての感受性はある。そういう既成の価値観にかんたんにおもねては、いいものは作れない。話はズレるけど、同じように、東京に留まっている演劇人を地方へと移った演劇人が揶揄する言葉にもわたしは日頃から違和感がある。あなたが東京外の地域を選んだことはステキなことだと思う。でもわたしは東京を選んだ。漫然といるわけではなく、選んだ。それは尊重してもらいたい。

最後は、舞台となった鉄道のそばで、オフのたびに俳優たちは、その鉄道に乗りながら、その空気のなかで作るという贅沢を、存分にしながら創った作品だということだ。その空気ごと見せたいし、だから一か所しかやれないなら、この劇場しかないと思う。舞台美術も他の劇場ではまったく成立しないものにした。舞台面と客席の面積がほぼ同じという円形劇場。観ていただければわかると思うが、この思い切ったプランは、この劇場でしか成立しないものだ。

俳優は、プロの俳優である春海さん、相方の田島さん、わたしがいつも創っているメンバー、オーディション、劇場所属の劇団の劇団員、という混合戦である。いちから全員オファーで選べたら、それはラクだったろーなー、と思うが、この物語のリアリティは、有名俳優を並べて確保できるようなものでもにないと思う。オーディションでもただ上手いひとより、海浜鉄道の社員に見えるひと、地元の高校生としてリアリティがあるひとを選択した。演技指導に近い演出も多々やらなければいけないが、それは仕方がない。もうダメだ・・・と何度も思ったけど、ようやく俳優たちが舞台のうえで呼吸し始めた。そうなってくるとこの座組は強い。厳しくやるということは、わたし自身の演出としての手腕も俳優たちから厳しく観られているということで、この演出家についていけばいい作品になると思ってもらわないと仕事として成立しない。皆のサジェスチョンを聞くときの表情が変化してきた。パワハラと厳しい創作態度は紙一重で、甘えかもしれないけど、オーケーを出すときのフェアネスでしか判断できないようなものだと思う。

すべては作品のために。

たくさんのひとに協力してもらい、心をわけてもらいながら創った作品の幕が開く。先日応援団長の佐藤さんが稽古場で通しを観てくださった。涙で感想の言葉が出ず、わたしたちも思わず泣いた。劇場ではもっともっと喜んでもらいたい。そういうひとたちがたくさんいる。2年前まであることも知らなかったちいさな海辺の鉄道。わたしの人生にとって、そしてたぶん俳優たちの人生にとっても、大切な作品の幕があく。素晴らしい作品だから大切、ということではなく、もし失敗したとしても、それが、モデルとなった鉄道やひとたちまで損ねるのだという厳しさも味わう作品になるから。もちろんそんなことにはしたくない。わたしたち演劇人の人生は、他者のために捧げられている。そのことの厳しさを知り、そして誇らしく思える作品になるといい。

迷っている皆さま、どうぞ水戸までいらしてください。ここでしか見られない演劇を創ってお待ちしています。せっかくの3連休、始まる前でも終わったあとでも、鉄道に乗ってモデルとなった場所を味わうことができる贅沢な公演です。

「海辺の鉄道の話」。
9月20日から24日まで。あっというまに終わってしまいます。
お待ちしております。

公演を中止するという選択のこと

公演中止という選択が続いた。これについて、うちならやるとか、やらないとか決意表明してもまったく意味がないように思う。なぜなら、公演は計画された以上、やるのが当然で、それ以外を望んでいるひとは、今回の当事者含めて、作り手、お客さま、どちらもいないと思うからだ。また、できるかぎり創るプロセスも美しくありたいと、創り手はもれなく思っている。そのフローは、おそらく誰が考えるものであっても似ているはずで、わたしたちはある意味、同じ理想を持って進んでいる。しかし、それは、当然のように完璧にはいかない。いろいろな要素があって、絡み合った結果、今回のようなことが起こってしまう。

今回の件に関しては、小劇場全体の問題、などと思っているわけではないけれど、なにか責任のようものも感じている。それはここには書けない似たような事象を最近体験したというのもあったからだと思う。(それは、わたしがひとつの原因ともなり、起ったことだった)なのでまずは、演劇公演といういろんな意味でとても大切な契約を破られてしまったことに対して、わたしが取りようもない責任をかんじていることはお伝えしたい。その上で、ちょっと書いてみる。

ゼロから1を生み出すことの途方のなさに常に晒され、体験している身としては、そんなかんたんには、頑張ればやれたハズ、とも言えないし、でも自分も体験してるからこそ、それはなんとかできるはずだし、しなきゃでしょ、とも思う。筆が遅いとか早いとか関係なく、劇作家であれば、きっと誰もがそうなんじゃないか。だから今回のことで、関係のない劇作家のひとたちも、そうとうメンタルに負担がかかったんじゃないかと思う。演劇に関わるすべての職種の中で、というか、演劇も関係ない全ての職種のなかで、かなり特殊な仕事なのだ。作家とか劇作家という仕事は。根性論では、どうにもならない。このあたり、根性でいつもなんとかしているわたしが言うのだから、信じてほしい。

つい先日の公演パンフレットに、書くのはまったく楽しくない。書きあがるのは楽しい。書きあがるという奇跡があるから、劇作家という仕事を続けている。と書いた。この奇跡は奇跡なのでいつ途絶えるかわからない。モチベーションはほんのささいなことでゼロになる。劇作家の心を台無しにするのは、すごくカンタンなのだ。一回台無しになると3日くらいはフツーになんにもできない。アタマの中は常に五月蠅く、狂わない自分が異常だとわたしは思っている。(実際のわたしの精神は劇作家としては超安定型とは思うが、そんなわたしでさえそうなのだ。ましてや繊細なひとなんて、うかつにテレビもつけられないんじゃないか)

少し思ったのは、もう少し劇作の技術というのはシェアされていいのかもしれないということだ。書きはじめるのに技術はいらないが、書き上げるということに関して、おそらく助けてくれるのは技術だからだ。信頼しあう劇作家同士限定だと思うけど(書くのを代わるとかではなく)、気楽にレスキューし合える場があるといいのかもしれない。でもな。そんな場を持って、かえって台無しになる可能性もあるから難しい。この仕事はほんとうに。でも俳優がジリジリとして苦しい思いで待っている現場は、他人事とはとても思えない。なにかよいシステムが作れないものだろうか。

さて、最後にわたしが大切にしているあるエピソードをご紹介したい。亡くなった大地喜和子さんが、宮本研さんの、とある作品の出来があまりよくなくて、でも文学座の方たちがそれでもそのまま初日を開けようとしたときに、喫茶店の床に転がって、このまま幕を開けるなら死ぬ、と叫んだそうだ。それで、みな、自分の分別を恥じ、初日を遅らせて書き直してもらい、幕を開けたのだそうだ。

だから、クオリティの甘いものなら公演中止も止むかたなし、という話がしたいわけではない。でも、このときの太地さんはどれほど美しく、可愛かったか、と思う。そして、その選択は間違っているとはとても言えない。演劇の希望だな、とさえ思う。そんなわたしは井上ひさしさんの遅筆はまったく美しいと思っていない。俳優が、クオリティのために戦ったというところにこの話の美しさはある。表舞台を守る俳優のため、劇作家はやはり稽古期間を削ってしまってはいけないのだと思う。自分の演出の現場だとしわ寄せがきて、俳優に負担かけてしまうこともあるので自戒の意味を込めてほんとうにそう思う。

とにかく、公演初日に、最高のクオリティのものを届けられるよう、命がけでやるしかないのだわたしたちは。クオリティが間に合ってないのも、幕が上がらないのも、両方ダメなのだ。そういう厳しい仕事なのだ。

とは言え、それはそんなに簡単なことではない。また、そうなるように個人で努力すればいいところと、全体で考えていかなければいけないこと(お金にならない小劇場という製作の仕組みや、新作至上主義)がある。防ぐための万能の仕組みなどないのだ。でもどうすればいいのかについては考えてなければいけないと思う。書かずに済んだら、と思っていたけど、少し考えをまとめたくて書いた。引き続き考えていきたい。