流山児★事務所「コタン虐殺」

2度目の流山児★事務所の稽古が始まりました。
タイトルが「コタン虐殺」と言います。
わたしの作品としては扇情的なタイトルなので、
すこしですが、物議を醸しているみたいです。

コタンはアイヌの言葉で集落という意味です。

物議のひとつめは、わたしがヘイト的な意味で、
コタンを虐殺せよ、
という意味でタイトルをつけたというものです。
そのように思われる可能性は考えもしなかったのですが、
じっさいにそういう意味ですか?と聞かれたので、
そう思う方がいるということですよね。
江戸時代から明治にかけて、
最初は函館のあたりだけであった和人の土地が拡大され、
アイヌ民族を制圧していった歴史があります。
そのとき、
もともとあったアイヌの生活そのものがはく奪されました。
さらには、そんな歴史的事実はなかった、という人もいて、
二重三重の意味で、
物心両面の略奪が行われているとわたしは考えています。
そのすべての象徴としてつけたタイトルですが、
わたしのヘイトの結果と受け止める方も在るということに
思い至らなかった、というのが正直なところです。

ふたつめ。
取材させていただいたアイヌの方から
もう差別という文脈でアイヌを語らないでほしい、
という言葉を幾度かお聞きしました。
なのでタイトルに込めた意味を理解したうえで、
抵抗を感じるという方も一定数いらっしゃるのかな、とも考えます。

さらには、今回出ている情報が少なく、
白老町で実際にあった事件を扱った演劇ということだけが
かろうじてわかるかたちになっており、
わたしがいつもチラシに載せるような作品意図についての
言葉がありません。
白老の事件は、ポロトコタンという
アイヌ博物館を含む文化施設に対して、
アイヌ文化を観光地化することに反対した左翼の青年が
起こした事件です。
それ自体も解せない話なのですが、
その青年が最初「自分はアイヌだ。」
と名乗っていたというので、さらに複雑なものとなります。
江戸から明治にかけての搾取の歴史とは
位相が違う話なのですが、
わたしはとても違和感を感じました。
その違和感の理由を演劇というかたちで考えたいと思いました。
しかし、
ポロトコタンは来年、民族共生象徴空間ウポポイとして
生まれ変わる予定で、
そんななか、あまりポジティブではない事件を持ち出して、
演劇にするということ自体に抵抗がある方もいるのだと思います。

わたしは東北出身なので、アイヌ史であるとか、
差別の歴史は、もちろん知っていましたし、
「ある」と思って育ちました。
わたしのふるさとには、
アイヌ語由来とされる地名もたくさんあります。
白老のポロトコタンは、中学の修学旅行で行きました。
そのとき、民族博物館に行き、
豊かな文化に夢中になると同時に、
こうして自分たちの文化を見せるという生き方は、
もしかして、なにかしらの歴史の結果なのではないか、
そんなふうに思い、
知らない子供なりに、
ここで呑気にこれを観ていていいのかな、という
感覚があり、家に帰って調べたりもしました。

しかし、若い方のなかには、
差別の歴史があったことを知らない方もたくさんいるようです。
ゴールデンカムイに夢中になっている層でさえ、
現在も生きるアイヌの方たちがいて、
遺骨を勝手に墓から奪われて研究材料にされ、
最近になってようやく戻ってきた、というようなことは、
知らないひともいると思います。
演劇なのでそういった事実は描きますし、
描いたほうがいいと思いましたが、
最終的に描きたいのは、
わたしたちが尊重しあうということのほんとうの意味です。
それはこの演劇だけで答えがでるようなものではありませんし、
自分がわかっていますなどというつもりもありません。
けれど、
「かわいそうなアイヌ」という文脈で語って、
それができるとはさすがに思えません。

稽古場は、毎日、毎日、俳優たちがさまざまな資料を持ち込み、
その世界観の豊かさに驚き、歴史的事実に憤りながら
演劇作りをしています。
この前のめりさが、流山児事務所という劇団の魅力です。
一生懸命やるのはとうぜんとして、
取材でお会いしたアイヌの方たちから言われた、
アイヌは素晴らしいというような文脈だけで作らないでくれ、
という言葉も胸に刻みつつ、作っていきます。

そして、わたしはいつも思うのですが、
この演劇で問われているのは、
アイヌ文化やアイヌの人々ではなくて、
創っているわたしの人生です。
わたしのものの見方が貧しいと、
描く対象が貧しくなってしまう。
それは引き受けて作っていきます。

そのうえで、
アイヌという先住民、
そして先住民になってしまったのは、
わたしたち日本人の北海道の植民地化だという歴史や、
豊かで美しい文化はただそこにに在る。
在るものなのだということを、
この演劇が穢すことないよう努めていきたいと思います。

いろんなご意見はあると思いますし、
この文章に対してもいろいろ思うかもしれません。
創作で応えるしかないのが演劇家なので、
これ以上は作品に託したいと思います。

末筆ですが、大切に思う仲間が、
体調で出演が叶わなくなりました。
いろいろなことがありますが、
前を向きます。
劇場でお会い出来たら嬉しいです。

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ホテル・ムンバイ

今年もたくさん映画見た。
家の近所のシネコンが歩いていけるので、
レイトショーやってるしで、
大作系は主にそこで。
レイトショーは安いのでちょっと高級なホームシアター感覚。
稽古後でも行けるタイムスケジュールなのもありがたいですね。

わざわざ出かけて行くのは単館系です。
あいかわらずドキュメンタリ多しです。

今年は、
「僕達は希望という名の電車に乗った」と
「存在のない子供たち」
の2本が衝撃的で、
加えて邦画の「蜜蜂と遠雷」がとてもよくて、
ベスト3決まりだな、と思ってたら年末にキタ。

「ホテル・ムンバイ」

監督は、これが長編一本目というオーストラリアの監督。
アンソニー・マラスさん。
テロとそこからの生還というハードな題材ながら、
奇跡の実話、とあるので、それ系くらいのつもりでいくと、
わたしみたいな怖がりは、
しょうじき死にます。
わたしたちは劇場で、リアルなテロに遭遇するハメになるのです。

怖がりなのに、
こういう映画はどうしても行ってしまうわたしなので、
そこそこ数は見ていると思うんですが、
そのなかでもリアリティと緊迫感が、
群を抜いていました。
しかし、ファーストカットからすべてが素晴らしいので、
怖いけど出られない、
これは傑作だからぜったい最後まで観なくちゃいけない、
悲壮な決意でがんばって、
ほんとにがんばって最後まで観ました。
エンドロールでは足が震え、息が切れてました。

ISテロを描いたものはドキュメンタリなんかも観てますが、
なぜそれが起こるのか、
なかなか腑に落ちないところはありますよね。
もちろん無差別テロは許されざることなんですが、
彼らの憎悪の源となった米ソの冷戦、
グローバル経済の歪み、
さらには石油の利権、
そこに相いれない宗教の問題が絡み合います。
常に世界の矛盾の吹き溜まりにされてきた中東のストレスが、
噴き出したのが、イスラム国。いわゆるISです。
もちろんIS自体は歪んだ思想、
イスラム教の間違った引用ではあるんですが、
トップシーンから、その大きな枠組みがしっかり提示され、
物語が始まります。
もうすでに悪の根源がどこにあるのかもわからない状態のなか、
テロの火ぶたは切って落とされる。

テロが始まる瞬間は見事です。
たくさんの人が集まる駅で、
とても滑らかにテロは開始する。
いつわたしたちが、この場所に立ち会うことになっても
おかしくない。
それを一瞬でわからせてくれる。

そして。

これほど緊迫感のある内容なのに、
後味としては、ヒューマニスティックで
あたたかな気持ちが残る、というのが、
この映画の神がかっているところだと思います。
しかもそれはカンタンに成し遂げられているのではなく、
ちゃんと哲学に乗っ取った脚本が、
ご都合主義にならないギリギリの断片で
その瞬間を切り取り、
そのレイヤーを重ねていくことで成し遂げられています。

俳優がすべて素晴らしく、
実行犯のテロリストにまで目配りがきき、
それに俳優も応えている。
究極の状況のなかで、
たくさんの人々の愛と努力が丁寧に描かれ、
それがこの得難い後味となって結実しています。

監督の言葉。
「互いを受け入れること、教育、様々な文化を理解することが、安全な世界を築いていくために不可欠だと証明した。この映画が、それらすべてをうまく伝えていることを願っている」
(アンソニー・マラス監督談)

この監督の精神が徹底され、
それは、わたしの文化、わたしの精神も
大切にしてもらっているという感覚を見ている間中、
伝え続けてくれます。

ひととひとの断絶の最北に位置するとも言えるテロ。
その唯一の解決方法。

同じ場所に存在させた奇跡のような映画でした。

コンドーム0.01 終演そして

「コンドーム0.01」終演致しました。
こちらでのご挨拶とても遅くなってしまいました。
このメンバーで、このお芝居を作れたこと、
しばらく忘れられない体験になりそうです。

異例ですが、2点、書きたいことがあります。
もちろんそれが伝わらないのは自分の力不足というのを
前提にしてのことです。

実際の会社はこうじゃない、という意見を
散見しました。
それをいう方には、
「ではあなたの会社は演劇にできますか」
とお聞きしたいです。
わたしも長く社会で働いてきて
製造業も金融も商社も体験しています。
なので取り上げる企業に取材にいくと心から驚き、
羨ましいな、と思います。
わたしは企業モノをやるときは徹底して、
日本の社会をよくするには企業がよくないとダメ、
と思って書いています。
経済立国である日本は素敵な企業が増えることで
良くなるんです。
細かな新聞記事、雑誌の記事、書籍、
これはちょっとアンビリーバブルだな、と思うモデルを
見つけて取材に行き、書いています。
まだまだ書きたい会社、書きたいひとたちがたくさんいます。
その中で学んだことは、やはり常識を超えたところに
未来はあるということです。
素敵な人や組織が素敵な商品を作るということです。
世の中には、
「欠勤するときは連絡してはいけない」というルールを
徹底したことで売り上げが伸びた会社もあるんですよ!

モデルとなった会社は社長さんが、
「人生でいちばん長くいるのは会社、
そこが楽しくなくてどうする」
という理念でやってらっしゃいます。
愉快に楽しく仕事する、というのは、
能動的に仕事をする、というのと同義です。
よかったらウェブサイトご覧ください。
一日かかっても見切れないくらいの情報量。
こういったものは社員さん発信で作られ実現されています。
凄いと思いませんか?

その上で、企業の成功譚を書くために演劇にしているわけではない
ということです。
そこに現代社会に対して言えることを重ねたときに
演劇として立ち上がっていきます。

最近は、女性の人権ということを昔よりずっと考えるようになりました。
それは自分はただただ頑張ってきたけど、
演劇やりたいから子供も持たなかったけど、
次代の女性たちにこの社会を残していくのは、
先輩としての怠慢だろうということなんです。
女性がいくらがんばっても、
男性原理主義の社会は変わらないということを痛感しています。
でも男性が変わらないと社会は変わらないんです。
これは残念すぎる敗北宣言でもあります。
劇作でも演出でも習ってる着付でも、
「わたし」ががんばればいいことは、
それに比べればなんてラクなことなんだ、と思います。
他者に変わってもらうというのは傲慢だし、
できれば言いたくない。
でもこの問題に関して言うと、それなしでなしとげられない。
複雑です。

今回は男優のみでフェミニズムというか、
男女の差異、女性の人権というものについて
リーチする作品にしたい、という明確な目標がありました。
それはいろんな意味で届いたな、と感じています。
俳優たちは全員男性でしたが、
心に痛みを感じながら
この作品をやってくれたと思いますし、
多くの女性の涙もそれを証明してくれました。

男性には届いていないとはいいませんが、
それを描いているということさえ気づかない方も多いのだな、
と感じたことは確かです。
柔らかく反応してくれた方ももちろんたくさんいましたが、
それは日頃からそういうことを感じ、
考えている方なのだろうと思います。

しかしそんなところでも、
モデルとなった会社の方々に助けられました。
彼らは劇中の人物たちと同じようなことで悩み、
結論の出ない問題を考え続けてらっしゃるのだそうです。
妊活グッズの話は、
それだけ取り上げてお芝居にしたいくらい素晴らしい実話です。
これが作れないなら大好きな会社を辞めるしかない、
とまで思いつめ、作り上げたものです。
演劇と企業、場所は違いますが、
同じ未来を見て、進んでいければいいな、と思う
大切なひとたちがまたできました。

ほんとうにありがとうございました。
流山児★事務所
劇団銅鑼、と立て続けの外部の仕事がありまして、
そのあと、わたしたちの作品としては
「すこたん!」というこれまた大切な大切すぎるひとたち
と作る演劇が待っています。

どれも共生をテーマに、
様々なアプローチを行う作品ばかりです。

頑張りますのでぜひいらしてください。

 

開発者と俳優が出会った日

相方として田島さん凄いなー、と思うことは多々あるけど、
人に対しての積極性があることにはとくに
いつも助けられている。

稽古が始まったころから取材対象であったコンドーム開発者の方々を
稽古場に呼びましょうか、と何度も言ってくれていたが、
わたしの性格だと、
稽古場職場から遠いし、
申し訳ないし、と思ってしまうので
うーん。どうしようかな、とお茶を濁していた。

しかし、初通しの日。
田島さんからのlineを見てわたしは驚愕した。
「本日、山中さん、稽古場来てくださいます!」

山中さん、というのは、相模ゴムのまさに、
0.01を開発したメインの開発者の方だ。
彼に取材させていただいたことで、
この物語はちゃんと開発の話にできたと思う。

わたしにとってはレジェンドでもある山中さんが稽古場に?
しかも初通しに?

緊張しまくりでしたが書き直しする時間はたくさんあるし、
いま来てもらって内容をチェックしていただけるのは、
とても素晴らしいことなので、
喜びしかないですが、
稽古場は五反田。
そして、相模ゴムは、相模というくらいですから、
場所、厚木なんですよ!!

なのに来てくださった山中さんは、
とても楽しそうに見てくださっていましたが、
時折ノートに向かい、なにやら真剣に書いてらっしゃいます。
わー、そんなにたくさんチェック事項が。。。

演劇なのでもちろんフィクションも多いんですが、
基本としては開発についてとかは都合がよくならないように、
丁寧に書いているつもりではあるんですが、
当たり前ですが、
コンドームに関しては俄かだし、素人なんでね。。。

緊張しつつ、初通しを終えました。
で、山中さんに、
「なにか気になることはありましたか?」
と伺ったら、
「細かいことなんですが・・・」
と前置きして、
「精子は長さは確かに60マイクロメートルですが、
直径は違うハズです」
とおっしゃいました。
はい。それはもちろんすぐ直します。
続きは。その続きは。
「それだけですね」
え。あのメモは。なんだったのでしょうか。

なんと山中さん。
お芝居のなかに開発のヒントがたくさんあると思い、
それを忘れないようにメモしてくださっていたのだそうです。
それは恐縮だけど嬉しすぎる。

そんな山中さんとの懇親会はコチラ。
今回コタが演じてくれる役は、
山中さんの真摯で優しくてユーモアのある印象を
投影して書いた役です。
お会いできて嬉しそうですね。

そして時は過ぎ最終からひとつ前の通し。
またも田島さんから驚愕のラインが。

「北田さん、稽古場いらっしゃいます」

北田さんは、取材させていただき、
その後、わたしたちと懇親飲み会にも来ていただき、
作品を助けてくれました。

北田さんも観終わった第一声は、
「開発現場がリアルで驚いた」
だそうです。
そして、どこがいちばん印象的でしたか、
という田島さんからの質問に、
わたし的にはすごく嬉しい箇所をあげてくれました。
そのセリフは終盤の大切な会議の場面で、
根津さん演じる開発者が言う言葉です。
ちょっと楽しみにしていてくださいね。

これは、北田さんをモデルにした役を演じるマッキー
とのツーショット。
連続動画にも出てくれてる妻から、
「実際の兄弟より似てる」
という興奮のラインが来ました。
今回、
スタッフからも、この役マッキーです、と言ったら
やっぱりー、と声があがったくらいでしたから、
もうマッキーが演じるべき役なんですね。
お楽しみに。

それにしてもふたりの開発者の方から
リアルで驚いた、と言ってもらったコンドーム開発の話。
開発現場だけではなく、
いろんな人物がじっさいの会社の方たちのエピソードに
重なるそうです。
演劇なので悲喜こもごもな内容で、そこは想像で
書いているフィクションなのですが、
真剣に考えた時間はいろんなこととシンクロしていくもの
なんだなって思いました。

そしてなにより言いたいのは、
来てくださいと言われたらこんなところまで来てくれる、
好奇心のあり方。
わたしがいちばん伝えたかったのは、
コンドームの作り方以上に、
その「楽しく仕事をするんだ」という姿勢です。

ほんとうにありがとうございました。
劇場入りし、明日から本番です。
山中さんは、26日のアフタートークにも来てくださいます。
まだチケットほんとに若干ありますのでぜひ
お出かけください。

そして、わたしのエンブゼミの教え子が最終通しを
観てくれたんですが、
ふたりの女の子たちが、
涙声で感想を言ってくれました。
あまり大きな声で宣言できませんが、
今回「笑って泣けます」
たぶん、たぶんですが。
そうなるようにがんばります。

そして27日はほんとに数枚で完売のようです。
ここ数日の勢いが凄いのでぜひご予約はお早目に。
お待ちしております!

コンドーム0.01

日々いろんなことがありすぎる。
台風が2回来て、甚大な被害を残した。
しかし、地震に比べてわたしたちはなかなかそれを共有できない。
曲りなりにも地面が揺れ恐怖を感じたという体験は大きいのだ、
と知った。
どうしているだろうか、急に寒くなって、
安全な場所にいるわたしたちでさえ風邪をひく、
どうされているかとせめて一日一度は思う。
そんなことしかできない。
遠い場所で蝶々が羽ばたくとこちらで嵐が起こる
そんな繊細な星にいるわたしたちは、
この星に無理をさせすぎているんじゃないか。

勘違いしたくないのは、台風が何度起こって、
地震が繰り返されても、
死ぬのは生物のみということだ。
星は死なない。星をたいせつにするのは自分たちの命を
守るためだ。
地球のために、なんて馬鹿馬鹿しい話はしないでほしい。
月だって、火星だって生命体はいないけど、
星としてはちゃんと生きている。

そんななか公演である。
エイヤっと思わないと宣伝も送れないが、
わたしたちは日々真剣に稽古をしている。

「コンドーム0.01」っていうタイトルでどんなお芝居が
上演されるって思うだろうか。
わたしも書く前はまるでわかってなかった。
こんな話が書けたんだ、と書きあがり、稽古している
いまも少し不思議な気分だ。

「人生を分け合う話」

とチラシには書いたけど、ほんとにそんな話になった。
このメンバーでないと書けなかったと思う。
このメンバーでないとやれなかったと思う。
安心して書いて、安心して稽古している。
わたしはなにを言ってもいい。
完璧な人間じゃないけど、それを知っててくれるから、
取り繕わないで、
いいお芝居を作ることだけ考えていればいいのだ。
優しくて、でも獰猛で、ちゃんと自分を持ってて、
わたしを甘やかして「さあ、遊べ」と背中を押してくれる
最強メンバーだ。

このメンバーで、このお芝居をやれるのは幸運なことだ。
それをお客さままで感じてもらえるかたちで手渡すには
どうしたらいいか、
稽古場は今日も戦っている。

スタッフも最強だ。こんなことやりたい、
あんなことやりたい、
そう思っても、つい最近まで
どうしたらいいかわからないことがたくさんあったのだ。

こんな曲を作りたい、と言ったら、
真平くんという碓井くんの友人である男の子と
素敵な出会いがあった。
チラシには載せられなかったけど
→劇場で配られるチラシとパンフには載ってます
曲が難しいからこんなの振りつけられないと焦り、
お願いしたら野田裕貴くん(梅棒)が引き受けてくれた。
どちらもすごくプロのお仕事で、
プロだなあ、と思う人といるのがなにより好きなので、
癒された。

彼らのおかげで思い通りのシーンも作れた。
そのほか、詩森組と最近は言っていただく、
最強スタッフたちがもちろん支えてくれている。

「アンネの日」が好きだった方。
あの登場人物たちが10番目の出演者です。
話はまったく関係ないけど、
こころのなかで繋がっているし、
やっぱりそういう話になりました。

さあ。最後の仕上げだ。
コンドームとセックスという言葉が、
毎分一回くらいで出てくるけど、
上品でチャーミングな話にしたい。
頑張りますのでぜひいらしてください。

どんどん椅子席がなくなってベンチ席のみに
切り替わっております。
ご予約どうぞお早目に!

たまには自分のチケットページとか貼っちゃう。
これはわたしの物語でもあるから。

劇場でお待ちしています!