器とか

台所のものだけは、わりと
いいものを使っています。
鍋も細々した調理器具も時間をかけて探したので、
もしダメになっても同じものを買うと思います。

そんななか、増やしすぎたくはないけど、
やはり器はとくべつだなと思います。
小道具とかだと100円均一のものとか使うけど、
あれはいやなものね。
なので、ひとに頼むときは贅沢言いませんが、
自分で小道具をやるときは、
リサイクルをマメに探します。

そして自分が使っているものは、
何年もかけてコツコツ集めたものです。
好みが変わっていくので、
いまとなっては、これどうかな、とか、
超気にいって買ったけどそういえば使ってないね、
とかあります。

ずっと粉引きのものが好きだったけど、
最近は、茶色くて武骨なカンジの食器、
欲しいなー、と思っています。
前はツルンとしたのが好きだったけど、
しのぎのものに夢中だったりなど。
昔から興味がなくて、
いまもって興味がないのは藍染の食器。
ひとつ気に入ったものとか手にいれると
たくさん買いだしそうな気がしますけどね。

いまいちばん愛しているのは、
このマグです。
しのぎっていうのは、こういう陶器の表面が、
削られたもの。
元は刀剣とかの高くなってる部分のことらしいです。
しのぎを削るっていうのは、そこが削れるほど
激しい戦いのことなんですって。いま調べました。
いっしょに買ったグラタン皿は、
いま現在、オーブンがないのと、
グラタン作ってまで食べたくないので、
あまり活躍してないです。

それまで最愛だったこのマグは、

すっかり出番がなくなりました。
ポイントは大きさと持ち手。
持ち手の開きが小さくて持ちづらいんです。このコは。

いま毎日のように出番があるといえば、

このお皿だと思います。
かの有名な、ほぼ日の、例の、
「ほんとにだいじなカレー皿」です。
とにかく毎日使いますね。
カレーはもちろん、サラダも、パスタも、
おかずもすべてこればかり。
そんなね。ミーハーか、ってカンジですが、
いいものはいいんだよね。いいものは、いい。

最新版は、これです。

沖縄で廃校でやっているアートフェスに行き、
そこで遭遇しました。
最初の画像がその展示風景。
そしてコレがポトフを盛ってみたところ。
沖縄でしたが、まあまあな値段でしたが、
一瞬で決意して買いました。
問題は器としての完成度が高すぎて、
なかなか使用できないことです。
なにが合うのかな。
いや。カレーは合うと思うんですが、
色がつきそうで二の足を踏んでいます。
わたしが思うに、同じポトフでも、
もっとゴロっと野菜を煮て、
大きいのがドンドン、みたいに盛ると
合うと思うんですが、
グズグスになるまで煮込んだキャベツ、
諦められないですよね。
意外にハンバーグとかいいかもしれないなー。
ハンバーグとか、ステーキとか。
深いんですけどね。カーブが。
でもそういうオシャレな料理が合いそうですね。

以上、どうでもいい器のエントリーでした。
そのうち、おたまとか、皮むき器とかの記事を書きます。

地と風と水の駅

転形劇場のことを書いた過去記事
別なブログにあって、
それは太田省吾さんの訃報に触れたときのものだ。

大杉さんの急すぎるご逝去にあたっても、
これ以上書くべきことがないような気がする。

大谷石の採掘場でやった「地の駅」には、
バスツアーで行った。
どう考えてもメジャーコードではない、
沈黙の芝居に、バスツアーが出て、
たくさんのお客さんが行く、そんな時代だった。
いまより、たぶん、お客さんの咀嚼する、
顎の力が強かった。
そして、岩手から上京してまで
そんな芝居を観たかったわたしは、
文化というものに対して、
どれほどにも背伸びしたい少女だったのだろう。

そして、そんな世界的な評価のある凄い劇団なのに不器用で、
いつでもナゾの待ち時間があった。
表参道の銕仙会能楽堂の前に出来た絶望的な長蛇の列は
忘れられない。
あの頃はチケットぴあなんてなかった。
電話して、ドキドキしながらチケットを取った。
いつまでも自分の順番がこなくて、
ようやくチケットを買って会場に入ると
信じられないくらいギチギチの場所に詰め込まれ、
ヒザを抱えて、
咳さえ許されず、あの芝居を観たのだ。

水の駅も有名だけれど、わたしは、
小町風伝の漣さんが忘れられない。
それは痴呆の老女(佐藤和代さん。名優)が、
インスタントラーメンを作る、
その数分間を、
芝居にしたものだ。

客入れするとすでに人々がゆっくりゆっくり
スローモーションで橋がかりを進んでくる。
宮廷行列なのかと思った人々の群れは、
じつは貧しき底辺のひとたちで、
運んできたのはあばら家のパーツであり、
それらを組み合わせ、
無であった舞台に老女の家が立ちあがる。

漣さんは隣の家の吃音の青年。
社会になじめない彼を老婆は愛し、
官能的な交流を持つ。
これと水の駅の漣さんのシーンは、
わたしが演劇で見たなかで、
もっとも色っぽいシーンだ。
素晴らしい俳優さんばかりの集団だったけど、
漣さんには、
その集団にはどこかそぐわない華があった。

好きな劇団はほかにもある。
しかし愛したと言い切れる劇団は転形劇場だけだ。
わたしの駅、立ち返る場所。
最後までうつくしかったひと。
まだまだ生きるべきだった、でも。
冥福をお祈りするしかないじゃないか。

海に還る

石牟礼道子さんが亡くなった。
と書く日はいつか来ると思っていたけれど、
ついにその日が来てしまった。

高校一年生のとき、倫理社会の副読本に、
『苦界浄土』の一部が掲載されていた。
本屋に行って、すぐに購入した。
一気に読んだ。
そして、夏休みかなにかの読書感想文を書いた。
それが県でいちばんになって賞をもらった。

賞というものにほとんど縁がない人生だったので、
その賞はとても長く、わたしにとって
唯一人生でもらった賞だった。

それは、どうでもいいのだけれど。

『苦界浄土』からわたしの自覚できる意味での人生は始まった。
それまでは親がくれた命をただ生きていたこどもの時間だった。
物を見る物差しを、その本がくれた。
わたしはずっと、『苦界浄土』と。
そして石牟礼道子さんという作家のまなざしの在り方を、
礎にしてものを書いてきた。

『Hg』を書くときに、はじめて水俣に行った。
わたしにとって『苦界浄土』の世界のなかに固定していた水俣にも、
現在という時間が流れていることを知った。
紙資料だけに頼らず、
かならず現地を歩くことにしたのもそれからだ。
そのときも石牟礼さんの態度というものが、
どこかでわたしに貼りついている。
取材というフォワードな態度をとることができない。
傾聴する、ということ。
自分の作劇にとって、
おいしい話を引き出そうと躍起になっていると
見失うことが多すぎる。
自我を無くし、重心を下げ、傾くようにして聴く。

『Hg』を書くときに、『苦界浄土』はしかし再読しなかった。
書き上げてから、一気に、続編まで読んだ。
豊かで、哀しくて、美しくて、
ひとつも色あせぬばかりか、
わたしが年をとった分だけその深さが身に染みた。

写真は、水銀を埋め立てたコンクリと
水俣のうつくしい海の境界線である。
このコンクリが経年劣化で、
水銀が流れ出す可能性が危惧されている。
九州でも地震が相次ぎ、それもまた心配だ。
60年かけて、ようやく取り戻した美しい海。
天の魚。無農薬の農産物。
石牟礼さんは、はらはらと見守っていることだろう。

水俣だけではない。
彼女が全身で守ろうとしてきたものが、
もろもろと崩れそうな世界をいまわたしは生きている。
最後まで背中を追っていきます。
諦めないと約束します。
石牟礼さんの魂が、
心安らかにねむれる世界のために書いていきます。
いかなければと思います。
足元にさえおよばなくても、それでも。
ありがとうございました。
わたしの人生を照らしてくれた大切な文学。
そのすべてを。
ありがとうございました。

2018年度の詩森ろば

さて。ありがたいことに、
今年もお仕事たくさんあります。
でもなんとなくここ数年のなかではゆったりしている気がします。
仕事の分量でいくと、いちばん忙しいんですが、
なんとなく、仕事のバランスがいい気がしてるんですね。
今年の特徴としてはガッチリ物語を書く。
あと東京ではやらない公演がいくつかある。

もうすでに書き上げて稽古も始まっているのでいわゆる、
「喉元過ぎれば熱さ忘れる。」
そんな気持ちになっていますが、
まずは、

2018年3月 劇団銅鑼「おとうふコーヒー」
これは、元グリングで、
なんかわたしには想像もつかないような大きな仕事をたくさんしている
青木豪さんが演出してくれています。
この方、なんと今年はついに、
劇団四季で「恋に落ちたシェークスピア」をやるそうです。
なんかすごいね。
劇作家としても、ものすごい仕事をたくさんしてる方なので、
リライトミーティングもとても勉強になることばかり。
そして旧知のお知り合いでもあるのでヘンな遠慮もありません。
楽しくお仕事させてもらって勉強にもなって素晴らしいですね。
演出としてもとても勉強になる現場なので、
意味もなく稽古場に出現しています。興味深々。

特別養護老人ホームを舞台に、ある看取りの一夜の話です。
これは、すごくいい作品になりそうなので、ぜひみなさん
いらしてくださいませ。

2018年4月 陽だまり座「夏の夜の夢」
そして、ただいま絶賛稽古中が、
去年、「雨の森、砂の国」で旗揚げした陽だまり座。
4月末にシアターグリーンで行います。
演目は「夏の夜の夢」
特記事項としては、田島さんが、ヒソッと、オーベロン役で出ます。
けっこうな挑戦なので、どこまでの作品になるか未知数ですが、
仕上がったら面白い作品になると思います。
だって、平均70歳くらいの方々で、「夏の夜の夢」ですよ!!
そして、田島さんのオーベロンはなかなかレアなので、
観たい、というひとは、
ちょっとココロの片隅に留めておいてください!
メルマガにて詳細お知らせします!!

5月 まだ秘密
5月の末くらいに書き下ろし新作があります。
わたしは作ですが、演出さんがわたしではなくて、
とてもレアな取り合わせですよ、と言っておきましょう。
これは若い団体に書き下ろしですね。
まだ情報が公開されてないので、少々お待ちを。

6月~7月 旗揚げしますよ!! serial number です。
タイトルは「serial numberのserial number」
清澄白河の元倉庫というスペースを1か月ジャックして、
ふたり芝居を三本。
わたしの大好きな作品をようやく
たくさんの方に観ていただくことできて嬉しいです。
特報ができてます。
ぜひチェックを。
詳細情報はコチラです。

9月 「海辺の鉄道の話」 水戸芸術館
これは、水戸のおとなり、ひたちなか市を走る
かわいいかわいいローカル線、
ひたちなか海浜鉄道を舞台にした物語です。
作・演出で関わります。
このお話をいただいたとき、3回くらい、
「ぜったいにやりたいので、ほかのひとに回さないでください。」
と言いました。
ここ数年、佐野さまと鉄道の話はやりたいよね、と話していたので、
念願とも言えます。
しかもホントにホントにひたちなか海浜鉄道が魅力的なんです。
「4センチメートル」とか「アンネの日」とかお好きな方は、
いまから手帳に書き込んでおいてください。
水戸まで観に来てもぜったい損はさせませんよ!!
詳細情報はコチラです。

10月 まだ秘密
とある劇団に書き下ろしをします。
連続していて忙しそうに見えますが、事情があって、
すっごく早めに書かなきゃならないので、
日程的には水戸とまったく被りません。
ほんとは最後の最後に飛び込んできた仕事で、
演出家さんに呼び出され、断る気マンマンで言ったのですが、
原作を出されて即答で、
「やります」と言っていたという。節操なさすぎなワタクシ。
だって、彼女のことを書けと言われて、
わたしが断われるわけがありません。
待ってたよ。こんな仕事を。
というわけで、彼女が誰か、どこでやるのか、どうぞ
楽しみにお待ちください。

11月。
これもちょっと遠いところで、演出のお仕事をする予定です。
リーディング公演です。
まだ情報が公開されてないので少々お待ちください。

12月。
スズナリです。
12月20日~29日。
昨年から準備を開始して、今年の取材始めもコレでした。
心してかからなければ。

なんか盛りだくさんですが、とてもいいお仕事に恵まれて、
わたしは幸福です。
どれも、やりたい仕事ばかり。
というわけで、至近のお仕事については、メルマガを
発行予定です。

serial numberのメールマガジン、
「最速シリアルナンバー」の登録は、
劇団トップページから登録できます。
風琴通信が届いていたお客さまは自動的に登録されますので、
ご安心を。

というわけで、2018年の詩森ろばでした!

旅から旅へ

わたしはずっと兼業作家だったので、
とにかく時間のことをいつも考えていました。
9時から5時、月曜日から金曜日、
フツーに働きながら劇団をやっていました。
正社員だったこともありますが、
主には派遣社員という働き方でした。
自分で言うのもなんですが、仕事がわりとできるので、
どこも長く勤めさせていただき、
社員同様の働き方をさせていただきました。
それはわたしの作家としての財産と思っているので、
しっかり勤めたことは書くうえでもとても役立っています。

しかし、ある時期から、
演劇にだけ専念できないのが辛いなー、と思うようになりました。

主には取材です。取材に、とにかく行きたかったのです。
わたしの取材は、ジャーナリストではないので、
そんなにがんばったものではありません。
場所に行く。とにかく行って、気温とか地形を感じる。
チャンスがあったら人と話す。
というか、チャンスって意外とあって、
現地に行ってヒマしたなんてことは一切ありません。
偶然か必然かわからない出会いが、
いくつものエピソードになって生きています。
そういうのが好きなんですね。
それがやりたくて演劇をやっている。

なのに、会社員をやりながら演劇をやるだけでも手一杯で、
取れる休みはぜんぶ公演で使ってしまうので、
(初日開けたらフツーに9時から仕事してたし)
取材は沖縄であっても、2泊3日とか、そんな、スケジュール。
たまに仕事のあいまとかあって、そういうときは
これ幸いと取材旅行をしたものです。
やっぱりね。一泊2日と1週間じゃまったく身体への沁みとおり方が
違うんですよね。
地域の話が好きなので、書く話はほとんど東京以外の話。
時間を取れないことが、ジレンマでした。

そんな派遣社員時代の最後に書いたのが「penalty killing」の
初演でした。
いまより演劇の仕事がぜんぜんヒマだったのでできたけど、
休みはぜんぶ日光に行って、
外人しかいないゲストハウスに泊まって試合見て、
氷上練習行きたいから半休とって日光行って、
よくやったなー、と思います。

というワケで思い切って演劇に専念することにして、
会社を辞めて、まずやったことは思う存分取材をすることでした。
飛行機なんて人生で数回しか乗ったことなかったのに、
この2年間で、いったい何回乗ったかわからなくなりました。
相方、田島さんの存在も大きいですね。
なんと言っても彼には免許があります。
車の運転ができる。そして取材が好き。
ひとに会うのが好き。
助かります。

先月、スズナリでの公演が終わってからも3回旅をしました。
まずは苫小牧でホッケーを観ました。
大好きな神先生に会うためと、
公演でまったく行けなかったので、
オリンピックのせいでシーズンが短いアイスバックスの
アジアリーグ最終戦を見るためです。
2試合とも夢かなってくらいいい試合で勝てました。
飛行機代、まったく惜しくないとはこのことです。

そしてお正月あけて3日から、
今年の公演のために取材に行きました。
直接、福島のことは書かないかもしれませんが、
原子力に関わることを書くつもりなので、
福島の原発の場所に初めていきました。
いまは20キロの立ち入り禁止区域が解除されて、
10キロのところのスクリーニングの場所もなくなって、
(お正月だからかもしれませんが)
4.5キロのところまで立ち入りができました。

これは、その近づける限界地点のところに立つ田島さんとわたし。
2018年をここから始めるんですね。
気が引き締まりました。
わたしが入った南相馬市小高区のあたりは、
ちょっとしたベットタウンで、
建てたばかりと思しき家がたくさんありました。

ひとが帰れない地域ができる。
それでもひとは必要悪という言葉で、
原子力を使い続けるんですね。
あの事故はもちろん衝撃的でしたが、
そのあとの国やひとの対応はもっと辛いものでした。
帰れないことも残酷だし、
帰りたいひとは帰れるので、補助は打ち切ります、
という決定も残酷だ、とこの風景を見ると思います。
自分がその立場になっても、同じことが言えるんでしょうか。
この旅のことはまたゆっくり書いていきたいと思います。

そして最後は沖縄に行きました。
沖縄への旅のこの心の近さ。
クラウドファンディング、やめたのかな、と思っている方もあるかと
思いますが、わたしは有言実行をモットーとしているので、
ぜったい今年中に、なんらかのかたちで行くつもりです。
そのために、うず高く、
倉庫に、「タカエとヘノコ」の被り物が積まれています。
クラウドファンディングよりもう少し大きな枠組みで
できないかな、と模索しつつ、
クラウドファンディングの可能性ももちろん考えておりますので、
いましばらくお待ちください。

この旅で、またちょっとした気づきがあったので、
それはまた明日、書きます。