(twitterに書いたことに加筆訂正しました)
欧米、特にロンドンとニューヨークの劇場は一大社交場である。
ウエストエンドは伝統的な建物が多く、
比較的狭い面積にたくさんのお客さまが入る。
そして休憩時間には過密するロビーとバー。
観光地としての役割も果たし、
大規模な人的移動を伴う一大産業ともなっている。
素晴らしい。
でもだからこそ再開はたいへんだ。
あの親密で、いるだけで楽しい気持ちになる場所が
一刻も早くわたしたちの手のなかに戻ることを祈る。
日本の場合は、飲食もないし、劇場の換気もいい。
消毒、検温、マスク、客席の設定等のすぐ考えつく対策の他、
金銭の授受方法や、セルフでのモギリ、
申し訳ないけど客席での私語を我慢していただく、
場合によっては時間差受付を設定するとか創意工夫で
感染リスクは避けられると思う。
演劇人は皆、このウィルスについてよく勉強しているし、
表現を守るために必死だから、かなりちゃんとやるはずで、
少なくとも、美術館や図書館が開けられ、
公共交通機関が使って大丈夫になっているなら上演は可能であると考える。
ただ政府は50名程度の集会からと言っているが、
演劇の場合、むしろ200名~300名程度の劇場を
客席を減らして行うほうが
空間に対しての人口密度と劇場機構的に安全な気がする。
公共ホールはロビーも広く取られトイレの数も多い。
休憩時間のトイレは過密するが、
そもそもの客席数を減らすとしたらそこも緩和する。
むしろ公共ホールから再開して、
モデルケースを作ってほしいくらいだ。
そして、この客席を減らすのは、
しばらく必須と思うがその差額について、
劇場費の減額、チケット代の値上げ、公的助成、
どこで解決していくのかを考える必要がある。
公共ホールであれば、
新しい基準に乗っ取っての客席デザインの提案と
劇場費の減額→その差額分に関してはもちろん公的助成、
民間劇場に対しては公的助成、必要ではないかと思っている。
いちばんの問題は稽古で、
稽古期間の俳優の安全をどうやって守るかを考えて続けている。
経済的に守って、稽古以外のリスクの高い仕事をしないで済むようにする、
稽古場に来るための交通手段を考える等、
カンパニーはコロナ対策として
相応の予算を計上していく必要が出てくると思う。
客席減により収入が減る中でどうしていくか。
いまの医療現場でも検査ができない状況のなかでは無理だが、
演劇の現場に入るときは、
検査して入ることができるようにならないのだろうか、とも考える。
感染に対しての予期不安が分断を生み、
リアルな数値が可視化されていないことが、
楽観・悲観両方を生み収束を遠ざけている。
スポーツ、芸能等は、検査を取り入れることで、
練習や撮影等を安全に行うことが可能にできる。
もちろん他の仕事、飲食、
すべての生活の健全な再開のための検査ができればいいと思う。
検査や抗体検査の数を増やすことなしに、
社会を運営しだすなんて不可能なのではないか、と
諸外国の例を見ても思ってしまう。
同時に医療が崩壊しないための機能的な仕組みが必要だ。
いま検査ができないのは、
無症状な患者を隔離しなくてはならないとなると
対応ができないからなのかもしれないが、
「無自覚な患者がいて発熱する前の2日くらい前から
感染リスクが高い」、らしい、というのが様々な問題を
生んでいるわけなので、
検査の必要性はわたしのような素人でも圧倒的に感じる。
韓国だけではなく、
このような取り組みが功を奏しているのも
根拠となるように思うがいかがか。
そして、この非人間的な環境では、経済だけの問題ではなく、
生命が脅かされる。なるべく近い将来、人に会い、
触れ合うためにわたしたちは必死でいま家にいる。
この距離を永遠にとるためではない。
「新しい生活様式」などときれいな言葉でまとめないでほしい。
しばらくは、
まったく元通りなんていかないことはわかっている。
でも、それでもだ。
未曾有の事態である。
すべてミスなくやってくれなどとは言わない。
自分の国の舵取りをしている人を信頼したいだけだ。
わたしたちの苦しみに共感し、
機能的で具体的な対策の最善を求め続けてほしいだけだ。
なのに、わたしたちの苦しみを助長させ、
あろうことか精神までも脅かすしてくるのはどうしてなのだろう。
わたしもひとつ決断すべきことがあり、
発表をまもなくするが、
これは避けられた事態であったと思量する。
時間があった。
そうわたしたちには時間があったのだ。
とは言え、演劇より何より前に、
ぜひ医療の現場をなんとかしてほしい。
医療従事者に十分な報酬と、
安全を守るための資材を。
そして、軽症と見えても突然重症化する、
ということがハッキリがわかってからも、
検査するための基準を変えず、
自宅待機を強制し、
保健所の電話が一日繋がらない、
繋がっても対策を講じてもらえないというのは、
非人間的すぎる。
いまや急な発熱は、
すべてコロナを疑って対策すべき時期なんじゃないか。
それをやらないから、また隠蔽するから、
病院でのクラスターが止まらないのではないか。
クルーズ船の下船客を公共交通機関で帰した時の予感が現実となった。
なぜかアメリカの入出国制限だけとても遅かったこと
全量検疫だってわたし如き者が
やるべきじゃないの、と思ってからさえ
そうとう遅れている。
欧米だってタイヘンじゃないか、とは言わないでほしい。
繰り返すが、わたしたちには、時間があったのだ。
