2週間と3日。
滞在型制作を除けばいちばん長い期間の旅をした。
「機械と音楽」は、2005年が初演、2008年に再演されている。
その時は、まだまだ人生に余裕がない時期で、
つまり場所への旅をせずに脚本を書き、そして再演した。
それがずっと棘のように心に刺さっていた。
再再演を決めたのは、
いろいろな理由があるけど、なにより田島亮という俳優との出会いが大きい。
はじめて会ったとき、わたしの作品であれば、
イヴァン・レオニドフが合うんじゃないかな、と思った。
我儘で野心家でピュアな孤高の天才。
しかし、生涯でその才能に見合う建築を立てることができなかった。
そのときの彼はなかなか不遇な状況にいて、
励ます意味で、脚本をあげた。
その彼とここまで演劇をいっしょにやることになるとは、
その時のわたしはとうぜん知らない。
「機械と音楽」で復帰するという案も長くあったけど、
いろいろな紆余曲折があり、
ここまで待っての再演となった。
美術と建築になんの興味もないのが不安材料だったので、
建築関係や、それ以外も役に立ちそうな美術展には
なるべく誘うようにして、かなりのものをいっしょに観た。
そんななかで「サグラダ・ファミリア」のドキュメンタリを観た。
わたしは、モスクワに行かないと次の「機械と音楽」はやっちゃいけない、
と思っていたけど、ガウディの建築に激しく反応した彼は、
イヴァンをやる前に「サグラダ・ファミリア」を観たい、と言った。
行きたい場所はと聞かれると、
バルセロナに行ってガウディに触れたい、と答えていた20代の自分が蘇った。
行けるなんて考えたこともなかったけど、
いまなら行けるし、行っていいんだ。
日本での仕事がない時期で、
ちょっとした仕事の絡みもあり、行く時期を2019年の3月に定めた。
調べてみると、LCCの隆盛もあって、ヨーロッパ間の移動は、
信じられないくらい安価だった。
であれば、せっかくなので、人生で行くべき場所、
行かないといけないと思っていた場所に
できるだけたくさん行こうと思った。
そうなるとけっこう壮大な旅になるので、
必要なところ、興味のあるところだけ同行でもいいんじゃないの、
と提案したが、彼は、なんとかして全部に同行する、と言い、
そして実際に苦労して時間を空けた。
3年のあいだには、いっしょにいろいろな芝居を作った。
沖縄に行き、水俣に行き、東海村にも福島にも行った。
演劇のための旅は共有することが日常になっていたし、
それがserial numberの根幹を成すコンセプトでもある。
わたしたちにとって行くべき場所は知らないあいだに幾重にも重なっていた。
すべてに同行という選択肢を選んだ彼にいまはただ感謝する。
この体験すべてを伝えるなんて無理だし、ほんとうに大きな旅だった。
人生も後半に差し掛かるわたしにとってさえそうなのだから、
まだまだ若い彼の人生にとって、この旅があるのとないのとでは、
まったく意味合いが違ってくる。それくらいの旅だったと思う。
モスクワとバルセロナはひとくくりで言うとヨーロッパだけど、
点と点で結ぶとずいぶん遠い。
点と点のあいだで、行くべき場所を吟味した。
ロシア・アヴァンギャルド建築の殆どが集まるモスクワと、
15歳のイヴァンが革命を目撃したサンクトペテルブルグはマスト。
もちろん、ガウディのバルセロナもマスト。
チェルノブイリとアウシュビッツ、というふたつの場所は外せない、
と意見が一致した。
建築という観点で言えばベルリンも行くべきだろう。
バウハウス。モダニズム建築を語るとき、外せない場所だ。
わたしの憧れの町でもあり、演劇も観たかったし、
街も歩きたかった。
コルビジュのフランス、も考えたけれど、
わたしは実はパリは行ったことがある。
彼のためだけにもう一回パリに行きたいとは思えなかったので、
外した。
ロンドンでは演劇を観る。観たい。
そんなこんなで6か国7都市を巡る旅をすることになった。
モスクワ@ロシア→サンクトペテルブルグ@ロシア→キエフ@ウクライナ
→クラクフ@ポーランド→ベルリン@ドイツ→ロンドン@イギリス
→バルセロナ@スペイン
こんな我が儘な旅は、自分でプランニングするしかないので、
ツアーはさいしょから検討せず、すべて自分で手配した。
エアー、ホテル、ロシアはビザがいるし、
チェルノブイリはツアーに申し込まないと個人では行けない。
わたしは素人だし、海外旅行に慣れてもいない。
どこかしらで旅の挫折がありそうな危なっかしいツアーだが、
結論から言うと地下鉄を逆に一駅乗ってしまった、とかくらいしか
失敗談がないくらい順調な旅だった。
調べて書く作風ゆえに日頃からgoogleにはお世話になりっぱなしであるが、
わたしが海外に縁がなかった20年のあいだにインターネットは
思った以上に進化していた。
サイトはロシア語でもスペイン語でも自動翻訳してくれるし、
劇場のチケットは、席を選んでカード決済。
美術館もサグラダ・ファミリアの塔も、事前に全部準備できる。
ロシア・アヴァンギャルド研究家でさえとてもたいへんだったという
ロシアの旅も、ストリートビューまで駆使して場所を確認し、
モダニズム建築のマップを作っていったことが功を奏して、
観たいものはほとんど全部しかも無駄なく見ることができた。
いっこやるにも徹底的に調べてしまう性格なので、
ひとつひとつ準備していくのはほんとにたいへんだったけど、
ちょっと前ならここまでひとりで準備するのなんて不可能だったと思う。
インターネットはこういうことにこそ使われるべきだな、
と心底思った旅でもあった。
そして3月16日、わたしたちは機上のひととなった。
写真はモスクワ到着初日。モスクワの優美な地下鉄駅を
(しかし実際は、怖いくらいの音で電車が走っていて、こんなに
優美なかんじではない)
劇場に急ぎ、歩くわたし。
記憶が鮮やかなうちにこの旅のことを書いておきたい。