Yes Means Yes

『神話、夜の果ての』のあとは、
ずっと机の前にいました。

『Yes Means Yes』
ほんとはもう少し早く仕上げられるはずだったのですが、
もうひとつの大切なお仕事がとつぜん佳境になってしまい、
それでもがんばってコツコツ書き続けて、
10月のある日、
ひっそり初稿が仕上がりました。

まずは内田さんと話したいです、という
わたしの希望を叶えていただき、
話すことができました。

11月になった最初の日に、打合せのため
出来上がった戯曲を読み返しました。
あいだが少し空いていたのもあって、
新鮮な気持ちで読んで、
わたし、この作品、
とても好きかもしれないと思いました。
今まで書いたどの作品とも似てなかった。

女性としての自分の身体感覚を
苦しくなるくらいさらけだして書きましたが、
では自分そのものかというとまったく私とは似ていない
楠見佳恵という女性の30年の物語です。
その最終地点に内田慈さんという俳優さんがいる
と思わないと書けなかった作品なのかなとも思います。

だからと言って内田さんそのものでもないのが不思議です。

昨日、お話をして、
内田さんが何か言いかけたのに、
遮るように、あ。と言ってしまい、
どうして「あ」って言いました?
と聞いてくれて、
わたしもそこがこうこう気になってて、
と言ったら、同じこと、思ってました、
と言ってくれたのも嬉しかったです。

わたしはリライトが好きです。
書いたことへのこだわりはもちろんありますが、
直すのも削るのも思い切りよくやるほうではないか
と思います。
核になる部分さえ見失わなければですが、
作品がよくなっていくのが楽しいです。

映像は構造的にいろんな人の意見を
聞きつつ直していく仕組みになっています。
はじめてお仕事したときは、
こんなにいろんな人がいろいろ言うものなんだ!(笑)
とビックリしましたが、
わたしはそこが魅力だな、と思っています。

劇作はきほんひとりの仕事ですが、
新作は俳優の意見を聞きつつかなり直すほうだと思います。
綺麗に製本したのに印刷しなおしくらいリライト
したこともあります。マジ、申し訳ない。

どんな場合もだいたい、
いちばん大切なセリフややりとりは、
最後の最後に書いてる場合が多いです。
準備してあって、
たとえばシノプシスなんかに書いてた
「これが書きたかった」というセリフは、
あれ、気づけばないぞ、なんてことも多い。

なので張り切って直して、
俳優やスタッフさんに届けます。

今回、チラシの内田さんがとても素敵なのですが、
その表情が指し示す到達点を、
内田さん、それから4人の俳優たち、わたし、
スタッフ、
みんなで手探りしながら目指す
そんな稽古場になりそうな予感がします。

性的合意というセンシティブかつ
日本ではなじみのないテーマの作品ですが、
大上段に構えたものではなく、
その言葉への戸惑いや、
愛おしさや、
違和感や、
そういうことを大切に書きました。
性的合意が断絶ではなく可能性だと思える、
そんな物語になればいいです。

自分の心のいちばん柔らかいところが
泣いて笑う、そんな作品にしたいです。

劇場でお待ちしています。

神話と夜の果てには

稽古が佳境です。
佳境ですが、淡々と。
俳優をベストの状態に、と話し合い
連休が入ったり、
稽古もいちおう18時までとなっているのですが、
あまりに集中して稽古しているので、
むしろほぼ毎日早めに終わっています。
毎日細かく返して、通しも何回も。
稽古場にずっといらっしゃるスタッフさんたちも
素晴らしく、
みんなで舞台を作っているという実感が、
こんなにある舞台もなかなかないなと思います。

正直に言うと、稽古に入るまで、
戯曲について自信がありませんでした。
アクティブじゃないし、
娯楽性も極端に少ない。
難解とまでは言いませんが、
現実と幻覚、事実と虚構
その境目が曖昧で、
脳の神経の迷宮が物語になってしまったような作品なのです。
わたしのマニアックな好みド真ん中ではあるのですが
それもまた不安材料でした。

チャーミングで愛された「アンネの日」のあとに
なんでこういう芝居を書いちゃったんだろう、と
と心のどこかで思ってました。
今回のにくらべたら「スローターハウス」の
ほうがまだしも親しみやすい顔をしている。
おそらく同時進行で進めている別な仕事の影響もあるだろう。
→エンタメとして優れているのがマストのお仕事なので。

俳優が素晴らしいのは読みのときから感じていましたが、
立ち始めて、
なにが起こっているのかな、と思いました。
誰もあたりまえにホンなんて持ってないのは
ありがたいことに、
うちのお芝居では最近ほとんどそうなのですが、
ひとりひとりの俳優の
愛らしさと切なさが、
ちょっとただごとではありません。

この物語で、この役で?
と書いたわたしが唖然としています。
物語の輪郭がクッキリと現れ、
膨大なモノローグがあるにも関わらず、
関係が濃く立ち上がっています。

1回目の通しで明日本番でも大丈夫だな、
と思い、
でも宗教的ないろいろが嘘だと思います、
と言い、
2回目の通しでぐっと当事者性が増し、
3回目の通しでなんだかまとめに入っちゃったな
と思いそれを言い
4回目の昨日、
ここが稽古場だなんて信じられないな、
というものが立ち上がりました。
厳しいうちのスタッフさんたちが
「ハイクオリティだね」と言ってくれるので
わたしだけがそう思ってるわけではないみたいです。

わかりづらいところも難解なところも
たぶんありません。
え。この戯曲で?と自分でも思いますが、
現代を生きるわたしたちの物語になりました
ぜひ見ていただきたいです、と
お伝えしたいです。

自分の内臓が痛くなるような、
登場人物をひとりひとり抱きしめたくなるような
客席と舞台が共振するような舞台を
お見せできるのではないかと思っています。

どの日もまだまだお席はございます。
20代の俳優ふたりがほんとうに素晴らしいので、
若い俳優にもぜひ見ていただきたい。
Ù25チケットございます。

あと。初出ですが、
serial number今後あるかないかわからない
オーディションがあります。
男性キャストのみなのですが。
1月スズナリ。
なのでこの舞台はぜひ見ておいていただければなー、
とも思っております。

心からお待ちしております。

神話、夜の果ての

いつぶりなんだ。ブログ書くの。一年ぶりくらいみたいです。

その間に「アンネの日」の再演も終わってた。

そして、「アンネの日」が終わってから、
わたしは机の前の置物と化していました。
書いてました。ずーっと。そして、今も書き続けています。
このお仕事についてはそうですねえ。
秋くらいにはお知らせできるのではと。
机の前に据え置きですが、
まあまあ大冒険な毎日を送ってまして、
いろんな方の力を借りつつ、
どこまで遠くに行けるか日々考え続けております。
でも夢中でお仕事できているのは幸せなことですね。
お仕事は常に夢中でやらないといけないですけどね。

そんな中、稽古も始まったのです。
タイトルは「神話、夜の果ての」
最近もうずーっとそうなのですが、この作品も
資料読みながら遠吠えしちゃいたいくらいたいへんでした。
自分の想像力がまったく足りてないなと思い知らされました。
そんな新作は、
カルト宗教に親をとられた子供たちの物語です。
たいへんじゃなかったら嘘です。
インスタントにやっていいテーマでも
やれるテーマでもない。

いま、座組で戯曲をじっくり読んでるんですが、
戯曲のデキはさておいても、
集まってくれた俳優の演技がとても好きで
演出家としての共同作業もさせていただいて
ほんとに幸運だな、と思っています。

ナイロン100℃の廣川三憲さん
ほれぼれするくらいよい声です。
今回の俳優さんはみんなそうですが、
セリフの意味やその方向性がとてもよくわかる。
声がいい、かつぜつがいいだけではセリフというのは
聞こえてこないもので、
丁寧に取り組んでいただいているなあ、と思います。
はじめてご一緒していますが、
すでにして全幅の信頼を勝手に寄せております。

わたしの作品に何度も出てくれている杉木隆幸さん
うちの公演でご一緒するのはひさしぶりです。
誠実さと自分勝手さと狂気が同居する役です。
こういういい方をされるとご本人はもしかしたら
不本意かもしれませんが、
あてがきなのかなと思うくらいハマっています。
立ち稽古が楽しみすぎる。

そして若手が3人、ちょっと毎日驚いています。
川島鈴遥ちゃんがだんだん打ち解けてきてくれていますが、
男性ふたりはほんとに静かで、
休憩時間もじーっと椅子に座っていて、
たまにあれ稽古場にはいまマネキンしかいないのかな、
と思うことがあるくらいなのですが、
(そんなとき廣川さんと杉木さんは喫煙に行っています)
演技するとねえ。役に生命が宿ります。
ほんとに凄い。

田中亨さん。
はじめてご一緒しますが、舞台はいろいろ拝見していました。
先日デカローグの6では中心になるトメクを演じていました。
素敵でしたよね~。いわゆるストーカーの役なので、
通常であれば、なかなか共感しづらいハズなのですが、
手首を切ってしまうシーンでは劇場全体のひとが
男女問わず、トメクを抱きしめたいと思ってしまったのでは
ないでしょうか。
初読から素敵なのですが、
ちょっとサジェッションを入れたあとの変化がまた素敵です。
次、その次と大きい舞台が決まっているみたいで、
これからの舞台芸術にとってとても大切なひとになるはずの25歳。
相応しい役が書けたと思っております。
ぜひ見てほしい。

そして川島鈴遥ちゃん。
映像資料で出演お願いすることってまずないのですが、
一見して、探していたひとがいると思いました。
というかむしろ鈴遥ちゃんを見て、
戯曲が動き出しました。
いなかったらぜんぜん別な戯曲になっていたと思います。
ほぼ初舞台だそうですが、声もよく通り、明瞭で、
なんの不安もありません。
映像でもアッというまに知られたひとになっちゃいそうですが、
これを機会に舞台を好きになってもらって、
ぜひ舞台にも継続的に出てほしい。
他のひとに出しているノートにも反応し、
演技が変わっていくので、
演出家にとってはとても心強い存在でもあります。

そして坂本慶介くん。
「secret war-ひみつせん-」で
生物兵器開発に関わる化学者を演じてくれました。
その後、いろんな舞台で拝見しましたが、
舞台が好きだな、と思う時も、
わたしには合わなかったかも、と思う時も、
慶介くんの演技はいつも同じだけ大好きでした。
今回の戯曲は去年のスローターハウスから
さらに研ぎ澄まされた
もしちゃんと創ることができたなら
見ているだけで全身が痛くなる作品になるはずです。
その真ん中に立つ慶介くんの役は、
もはや書いたわたしにも意味がわからないくらい
難しいたいへんな役なのですが、
ブレーキを踏まずに書ききりました。
そんな戯曲に、
この役をくれてありがとう、と言ってくれて
とてもありがたかった。
お互い手を放すことなく、
より高い場所を目指したいです。

そして杉浦充さんのこれ以上研ぎ澄ませない美術プラン。
俳優の、身体と、言葉しかない。
明日から立ち稽古という今日、
もしかしたら不可能かも、と思うくらい難しそうですが、
余計なものを加えない、
俳優を見せるという軸をブラさない、
まずはその決意をもって稽古場に行きたいと思います。
演出プランなんてものの存在をお客様にみせたくない。

毎回、公演のあとは、
劇場が消滅してしまうくらいに
命を燃やし尽くしていきます。
燃やし尽くしてくれると思います。

ぜひ立ち会っていただきたいです。
劇場でお待ちしています。

公演詳細はコチラ

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スローターハウスからホテルイミグレーション

スローターハウス、無事終わりました。
連日満席というのはほんとにありがたく、
また原くんが出てくれているので、
お客様に若い方が多く、
それは今回のような作品を見ていただきたいけど、
なかなか出会えない層の方々で、
その方たちがとても真剣に見てくださって、
素敵な客席を創ってくださいました。
ほんとうにありがとうございました。

いろんな意味で助けていただいた那須さん、
そして津村さんは、
高い演劇知と人間力で、
稽古場と、お芝居を創り上げてくださいました。
那須さんはテキストにもたくさん関わってくれました。
そして演出のアイデアも。
なかでも素晴らしかったのは、
絵を車椅子に置く、というアイデアです。
わたしはイーゼルにしようと思ってたんですが、
車椅子がいいんじゃない、と言われて、
いちもにもなくそれだ、と思いました。
あの後半の象徴ともいうべき強いビジュアルは、
だからわたしの発案ではないのです。
そして津村さんは、演劇好きな方ならわかりますよね。
あんな難しい役をあんなさらりと、できるなんて。
どれだけ助けられたかわかりません。

今回が初タッグの新垣くんは、
ただもんじゃないな、という印象のまま、
最後までただものではありませんでした。
直樹でしかなかった。
ここさ。こうしようと思うんだけど。
と言うと、
ぼくもそう思ってました。
と何度も返ってきました。
反対に彼から提案してもらったことも
たくさんありました。
ぼくもそう思ってました、と言われると、
間違ってないな、と思える俳優さんで、
いい相棒だなと勝手に思ってました。
「ローゼンでシール買おうね」という
たったひとつの言葉を、
「ぜんぶのこころがそこにあった」という
佐恵子さんの言葉を証明するように、
その日のその芝居にいちばん相応しいトーンで出してくれました。
優しかったり、厳しかったり、ちょっと怒っていたり。
そのたびわかるよ。直樹、と思ってました。

原くんとは、
信じあってお仕事できたと思います。
わからないことをわかったふりしない彼と、
どれだけ話したかよく覚えていません。
ほんとにずっと話してました。
「ろばさん、ちょっといいですか」と言われて、
10分休憩も稽古後も、
ただただただただ話しました。
正直少し休みたいと思うくらい話しました。
解釈の話はもちろんですが、
彼がテキストをこう直したいというのを、
それはいいね、と直したり、
いやそれは違うと言って
ほんのちょっとだけ険悪になったり、
とにかくずっと話していました。
そして、稽古の大詰め、稽古場に、
あ。これは前島だな、というひとがやってきて、
そこからはすごく端的なオーダーだけになりました。
言うとすぐ理解してくれる。
なぜなら原くんではなくて前島だから(笑)
わたしのほうなんて見向きもしなくなった。
素敵な旅立ちでした。

本番は、原くんが深い大人の俳優になっていく姿を
目撃させてもらいました。
美しかったな。

原くん以外とも、ほんとによく話しました。
立ってるより話してるほうが長かったかもしれません。
話して、納得して、
立ち上がると必ず先に進んでくれる、
とても素敵な座組でした。

そして、まもなく次の稽古が始まります。
書き上げて、リライトして、またリライトして、
今度は俳優と読んでまたブラッシュアップします。
どんな座組になるのでしょうか。

ホテル・イミグレーション
というのは、
ものすごい皮肉を込めてつけたタイトルです。
あそこがホテルなんかであるはずがないからです。
その過酷さ。その実態。
イミグレーション・ジェイルというべきものです。

調べていくなかで、
ほんとになにもしらなかったんだな、と思いました。
その罪深さに打ちのめされました。
日本のイミグレで起こっている問題は、
わたしたちの抱える問題、それに伴う息苦しさが
マグマのように表出しているのだと気づきました。
外国人に起こった理不尽な問題、とだけ捉えず、
わたしの問題として、作ることができればと思っています。

何度かやらせていただいたことのある俳優や、
わたしの戯曲に出ていただいたこはあるけど
演出の現場ははじめての俳優もいて、
まったくのはじめましての方もいます。
プライベートで仲良くしてもらってるけど、
あれ、いっしょにやるの初めてだよね、
という方もいます。
ちょっと緊張しますが、
どんな化学反応が起こるか、
楽しみではあります。

そのほか、もうひとつ大切なお仕事をしていますが、
それはまた、今度お知らせします。

ありがとうございました。
そしてよろしくお願いいたします。

スローターハウス

資料を読むことがこんなに気が重かったことはありません。
書くと決めてからすぐに買いあさった資料は、
しばらくうず高く積まれていました。

去年から今年はどうもそういう巡りあわせらしく、
資料を読みながら耐えきれなくて歩き回ったり、
吠えたり叫んだり、
そんな作品ばかりでしたが、
それでもそれらは、
その人生を歩んだひとたちを、
愛しく思うからこそ、苦しくもなり、
怒りも湧きあがり、
無力さに苛まれる。
目をそらすなよと自分に毒づきながら、
本を読むだけなのに息切れし、
そうしてたくさんの人生を辿り、
そんなことを引き起こす
世界のシステムについて憤りながら、
でも憤ってもそれはそこに在るわけで、
思考するしかわたしにすべきことはない。
そしてその加虐の先にもひとがいる。
その人の人生も考え、身体化し、愛すしかない。

しかし目の前に置かれた本の
これから書こうとしている
その人生を、
わたしはちゃんと愛せるのか、

このテーマに取り組むにあたっては、
参加してくれる原嘉孝さんと、
おたがいのお芝居を観あうなかで、
少しずつ少しずつ話してきました。

ここまでの役柄ではなかったようなものを、
ひとの心の昏い部分をのぞき込むようなそんな作品。
そんな場所で、
彼の「やりたい」とわたしの「書きたい」が重なりました。

なのでオファーは、
ここからここまででスケジュールいただけるところありますか、
と事務所にお願いして、
大丈夫なところで劇場を押さえました。
正式に受けていただけたときはホッとしました。

健全な肉体に健全な精神が宿るって言葉は、
こういう人のためにあるんだろうな、っていう
原くんなので、まったく当て書きではありません。
わたしも当てて書いてる余裕なんて、
まったくない。なかった。

そして、資料が詰まれたまま、
数か月が経過しました。
彼のお芝居を見に行ったかえり、
ぐうぜん帰り道がいっしょになり、
わずか10分ほど話す機会がありました。

なにか資料はないか、と言われて、
わたしもまだ読めていないんだよ、
覚悟が決まらなくて、という話をしました。

彼も自分は大学で教育課程を取っていたから、
思考としては真逆かもしれない。
でもきちんと理解して演じたい、と言っていました。

さあ。読まなくては。
と思いました。

対話劇、と思っていたけれど、
拘置所での接見は違うんじゃないか、と思いました。
許された時間は20分~30分。
そして本人が望まなければ会うことは叶いません。

悩んだ末、少年犯罪、その10年後、
かつて少年だった青年のもとにひとりの女性が訪ねてくる。

そんな物語を考えました。

ここまで決めたらすぐ書きあがるんじゃないか、と思ったけど、
まったくでした。ほんとまったくだった。
1行書いては2行戻り、
書いては消し、書いては消しして、
覚悟してたとはいえこんなにたいへん?
予定を大幅にオーバーして、
想定している量の2/3くらいの第一稿を書きあげました。

そして書きあがった作品を那須佐代子さんに読んでいただき、
奇蹟的に
受けていただくことができました。
ずっとご一緒したいと思っていましたが、
ここか、ここで叶ったか、という思いです。

同時期に、脳内で勝手にイメージして書いていた
モダンスイマーズの津村知与支さんにも
受けてもらえることができました。

そして最後のひとり。殺されてしまった息子の役が
どうしても思いつかなくて、ずっと探していました。
お芝居を見に行って、あ。見つけた、と思いました。

どの人も出てきたらほとんど引っ込むことがありません。
とくに原くんと那須さんは灯りがついて消えるまで、
ただ向かい合い続けるしかない。

でも、きっと、ふたりなら大丈夫。

那須さんは初めてなので未知数ですが、
「おやすみ、お母さん」を
観に行ってその予感は確信に変わりました。
実の娘さんとあんなお芝居を
やってしまうわけなので、
最上級にイカれてるし、
きっと最高に愛に溢れてる。
そこにある昏い井戸をいっしょに覗き込み、
わたしなんかよりずっと勇敢に、
その底に下りていってしまうに違いない、
と絶大な信頼を感じています。

原くんは、ホンを渡してからチラシ撮影があり、
いつも会う時はそうであるように太陽みたいにやってきて
でもメイクしてる様子を見にいったら
そこにはすでに知らない人がいました。
ありがたいな、と思いました。
彼なら、
怪物のような自己愛と
満たされない承認欲求に翻弄された、
でもこの世の果てのように孤独な青年を
美化せずでも愛を持って表出してくれるでしょう。

そしてその対話のさなかにも空間にいつづける
津村さんと新垣くんの担わねばならないものも膨大です。

こちらも初めてお仕事させてもらうのですが、
なにかよくわからない胆力に満ちた新垣くんと、
平凡さと狂気を併せ持つ津村さんの魅力が
活かせる役が書けたんではないかと稽古が楽しみです。

いまわたしは別なお芝居の準備もしながら、
出来上がってきた美術を見つつ、
演出プランを立てているけど、
あまりにもシンプルで、
俳優4人、そこに立って向き合う、
それ以外のプランはないようにも思います。

書くまではとても怖かったけど、
こういう戯曲が書きたかったし
やっぱりこういう芝居がやりたいな、とも思う。
わたしにとってはそんなお芝居。

去年は「secret war」と「Bug」で、
わたしとしてはケレンのない直球なお芝居を
やったけど、さらに研ぎ澄ました、
鋭利な刃物のようなお芝居を、
お渡しできたらと思います。

この世に在るありとあらゆる断絶の
その狭間で紡がれる
絶望と希望についての物語

そう。希望も。

チラシに書いたこの文章に偽りのないものを。

いろいろお伝えしたくて、
ブログを一生懸命書いて、
なのにウッカリ消したりしてるあいだに、
チケットは発売され、
あろうことか千秋楽が完売になりました。
じつは、
初日、2日目、
そして22日の土曜日の昼間も、
完売がひたひたと迫っております。

まだ稽古も始まっていないのに。
ありがたすぎます。
お芝居でお返ししなければ。

息も瞬きもできないほどの時間を。

あなたに。