旅から旅へ

わたしはずっと兼業作家だったので、
とにかく時間のことをいつも考えていました。
9時から5時、月曜日から金曜日、
フツーに働きながら劇団をやっていました。
正社員だったこともありますが、
主には派遣社員という働き方でした。
自分で言うのもなんですが、仕事がわりとできるので、
どこも長く勤めさせていただき、
社員同様の働き方をさせていただきました。
それはわたしの作家としての財産と思っているので、
しっかり勤めたことは書くうえでもとても役立っています。

しかし、ある時期から、
演劇にだけ専念できないのが辛いなー、と思うようになりました。

主には取材です。取材に、とにかく行きたかったのです。
わたしの取材は、ジャーナリストではないので、
そんなにがんばったものではありません。
場所に行く。とにかく行って、気温とか地形を感じる。
チャンスがあったら人と話す。
というか、チャンスって意外とあって、
現地に行ってヒマしたなんてことは一切ありません。
偶然か必然かわからない出会いが、
いくつものエピソードになって生きています。
そういうのが好きなんですね。
それがやりたくて演劇をやっている。

なのに、会社員をやりながら演劇をやるだけでも手一杯で、
取れる休みはぜんぶ公演で使ってしまうので、
(初日開けたらフツーに9時から仕事してたし)
取材は沖縄であっても、2泊3日とか、そんな、スケジュール。
たまに仕事のあいまとかあって、そういうときは
これ幸いと取材旅行をしたものです。
やっぱりね。一泊2日と1週間じゃまったく身体への沁みとおり方が
違うんですよね。
地域の話が好きなので、書く話はほとんど東京以外の話。
時間を取れないことが、ジレンマでした。

そんな派遣社員時代の最後に書いたのが「penalty killing」の
初演でした。
いまより演劇の仕事がぜんぜんヒマだったのでできたけど、
休みはぜんぶ日光に行って、
外人しかいないゲストハウスに泊まって試合見て、
氷上練習行きたいから半休とって日光行って、
よくやったなー、と思います。

というワケで思い切って演劇に専念することにして、
会社を辞めて、まずやったことは思う存分取材をすることでした。
飛行機なんて人生で数回しか乗ったことなかったのに、
この2年間で、いったい何回乗ったかわからなくなりました。
相方、田島さんの存在も大きいですね。
なんと言っても彼には免許があります。
車の運転ができる。そして取材が好き。
ひとに会うのが好き。
助かります。

先月、スズナリでの公演が終わってからも3回旅をしました。
まずは苫小牧でホッケーを観ました。
大好きな神先生に会うためと、
公演でまったく行けなかったので、
オリンピックのせいでシーズンが短いアイスバックスの
アジアリーグ最終戦を見るためです。
2試合とも夢かなってくらいいい試合で勝てました。
飛行機代、まったく惜しくないとはこのことです。

そしてお正月あけて3日から、
今年の公演のために取材に行きました。
直接、福島のことは書かないかもしれませんが、
原子力に関わることを書くつもりなので、
福島の原発の場所に初めていきました。
いまは20キロの立ち入り禁止区域が解除されて、
10キロのところのスクリーニングの場所もなくなって、
(お正月だからかもしれませんが)
4.5キロのところまで立ち入りができました。

これは、その近づける限界地点のところに立つ田島さんとわたし。
2018年をここから始めるんですね。
気が引き締まりました。
わたしが入った南相馬市小高区のあたりは、
ちょっとしたベットタウンで、
建てたばかりと思しき家がたくさんありました。

ひとが帰れない地域ができる。
それでもひとは必要悪という言葉で、
原子力を使い続けるんですね。
あの事故はもちろん衝撃的でしたが、
そのあとの国やひとの対応はもっと辛いものでした。
帰れないことも残酷だし、
帰りたいひとは帰れるので、補助は打ち切ります、
という決定も残酷だ、とこの風景を見ると思います。
自分がその立場になっても、同じことが言えるんでしょうか。
この旅のことはまたゆっくり書いていきたいと思います。

そして最後は沖縄に行きました。
沖縄への旅のこの心の近さ。
クラウドファンディング、やめたのかな、と思っている方もあるかと
思いますが、わたしは有言実行をモットーとしているので、
ぜったい今年中に、なんらかのかたちで行くつもりです。
そのために、うず高く、
倉庫に、「タカエとヘノコ」の被り物が積まれています。
クラウドファンディングよりもう少し大きな枠組みで
できないかな、と模索しつつ、
クラウドファンディングの可能性ももちろん考えておりますので、
いましばらくお待ちください。

この旅で、またちょっとした気づきがあったので、
それはまた明日、書きます。

こまごましたもの

カンパニー名が変わったので、
こまごましたものをすべて作り直しです。
チラシのデザインはやってますが、そういうデザインも素人なのに、
ましてや、コーポレートデザイン的なものは、
ぜんぜんベツモノで、難しすぎます。
風琴工房時代のマークは苦節何年かわからないくらい苦労して、
ようやくコレだな、ってものができたのに、残念です。
でも今回は、さすがに使い始めてから変更ってワケにもいかないだろう、
ということでかなり考えました。
シリアルナンバー、という英字フォントだけで、
どれくらいダウンロードを繰り返したことか。
いいんじゃない、って思って組んでみると、
コレじゃないなー、ってカンジでホントにたいへん。
サンプルで見た時と、
「serial number」って組んでみるのとではまったく違うんですよね。
最近は、adobeのクラウドを買うと、
モリサワのフォントとか憧れのフォントが使えるのが嬉しいですよね。
お金があったらたくさん買っちゃうんだろうな。フォント。

いろいろ作ったんですが、最終的に残ったのが、コレと、

コレ。

 

カンパニー名の可読性とかなら上なのですが、
デザインに嵌めるとどうもマークだけで完結しすぎてて、
けっきょく下を採用しました。
で、作り直すものは、なにはともあれ名刺、封筒 ですね。

わたしは文具マニアなので、
劇団がちょっとはそういうものにお金を掛けられるようになったとき、
封筒の紙はものすごい拘って決めました。
最初は封筒だけを購入していて、
その後、その超お気に入りの紙に印刷して作れたときは、
とても嬉しかったです。
でも今度のシリアルナンバーって言うカンパニーに、
その紙は合いません。
温かみのあるクラフト紙で値段もリーズナブルで、
ほんとに大好きだったんですが。
今回、名前を変えるにあたり、いちばん悲しかったのは、
その紙はもう使えない、ということでした。
コーポレートカラーをグレーと黄色にしたので、
白い紙がいいだろうということで、
フツーのコットンペーパーにしました。
封筒の紙質はまた変えるかもしれませんが、
とりあえずはいちばんシンプルに。

ハグルマ封筒さんっていうところが好きなので、そこで印刷までお願いします。
文具好きの気持ちを見透かしたようなステキなところで、
仕上がりがとてもいいんですよね。
多少は高いけど、事務作業するたびアガる封筒で、
結果高くないとわたしは思っています。
今回ものりシールは諦めましたが、次こそは、シール付きの封筒にしたいです。
作業効率が、たぶん倍くらい違うハズ。

名刺も作り直しました。
もっともっと紙のこととかフォントのこととか詳しくなりたいですね。
小さいもののデザイン、すこしはうまくなりたいです。
というわけで封筒ができたので、ようやくとあることに着手できます。
一月中にはなんとかしたい、なー。

そして、デサインが綺麗ってやっぱりわたしには大切なんですね。
今回のこのブログは、なんといってもフッター部分
→ブログの下のほう、が超お気に入りです。
カスタマイズの幅は少ないけど、シンプルで綺麗。
フォントも変えてない(ウェブフォントが使えるけどこれはデフォルト)ですが、
なんか見るたび気持ちがいいし、
イヴァン・レオニドフの「マグニドゴルスク都市計画」
で作ったヘッダーも気にいってしまったので、
超停滞していたブログが、活性化する予感がします。
というわけで、デザインとか、ウェブデザイン知らないってひとには、
どうでもいいようなエントリーでした。

 

 

re-start

詩森です。
風琴工房からserial number(シリアルナンバー)になりました。
正式には、すべて小文字の英語表記です。
とても気に入っているのですが、考えてみたらseo対策とかどうしよう、とそこだけが不安です。かと言って劇団シリアルナンバーでは、なんだか意味が違ってしまう。

放置気味のプログがあったのですが、劇団名を変えたので、心機一転、新しく開設することにしました。わたしはいま、601号室に住んでいて、そこは、小さな芝居の稽古ならできる場所です。文字が美しいテンプレートを選んだので、日常の日記というよりは、コラム的なものを書いていければと思います。

よろしくお願いいたします。