ホテル・ムンバイ

今年もたくさん映画見た。
家の近所のシネコンが歩いていけるので、
レイトショーやってるしで、
大作系は主にそこで。
レイトショーは安いのでちょっと高級なホームシアター感覚。
稽古後でも行けるタイムスケジュールなのもありがたいですね。

わざわざ出かけて行くのは単館系です。
あいかわらずドキュメンタリ多しです。

今年は、
「僕達は希望という名の電車に乗った」と
「存在のない子供たち」
の2本が衝撃的で、
加えて邦画の「蜜蜂と遠雷」がとてもよくて、
ベスト3決まりだな、と思ってたら年末にキタ。

「ホテル・ムンバイ」

監督は、これが長編一本目というオーストラリアの監督。
アンソニー・マラスさん。
テロとそこからの生還というハードな題材ながら、
奇跡の実話、とあるので、それ系くらいのつもりでいくと、
わたしみたいな怖がりは、
しょうじき死にます。
わたしたちは劇場で、リアルなテロに遭遇するハメになるのです。

怖がりなのに、
こういう映画はどうしても行ってしまうわたしなので、
そこそこ数は見ていると思うんですが、
そのなかでもリアリティと緊迫感が、
群を抜いていました。
しかし、ファーストカットからすべてが素晴らしいので、
怖いけど出られない、
これは傑作だからぜったい最後まで観なくちゃいけない、
悲壮な決意でがんばって、
ほんとにがんばって最後まで観ました。
エンドロールでは足が震え、息が切れてました。

ISテロを描いたものはドキュメンタリなんかも観てますが、
なぜそれが起こるのか、
なかなか腑に落ちないところはありますよね。
もちろん無差別テロは許されざることなんですが、
彼らの憎悪の源となった米ソの冷戦、
グローバル経済の歪み、
さらには石油の利権、
そこに相いれない宗教の問題が絡み合います。
常に世界の矛盾の吹き溜まりにされてきた中東のストレスが、
噴き出したのが、イスラム国。いわゆるISです。
もちろんIS自体は歪んだ思想、
イスラム教の間違った引用ではあるんですが、
トップシーンから、その大きな枠組みがしっかり提示され、
物語が始まります。
もうすでに悪の根源がどこにあるのかもわからない状態のなか、
テロの火ぶたは切って落とされる。

テロが始まる瞬間は見事です。
たくさんの人が集まる駅で、
とても滑らかにテロは開始する。
いつわたしたちが、この場所に立ち会うことになっても
おかしくない。
それを一瞬でわからせてくれる。

そして。

これほど緊迫感のある内容なのに、
後味としては、ヒューマニスティックで
あたたかな気持ちが残る、というのが、
この映画の神がかっているところだと思います。
しかもそれはカンタンに成し遂げられているのではなく、
ちゃんと哲学に乗っ取った脚本が、
ご都合主義にならないギリギリの断片で
その瞬間を切り取り、
そのレイヤーを重ねていくことで成し遂げられています。

俳優がすべて素晴らしく、
実行犯のテロリストにまで目配りがきき、
それに俳優も応えている。
究極の状況のなかで、
たくさんの人々の愛と努力が丁寧に描かれ、
それがこの得難い後味となって結実しています。

監督の言葉。
「互いを受け入れること、教育、様々な文化を理解することが、安全な世界を築いていくために不可欠だと証明した。この映画が、それらすべてをうまく伝えていることを願っている」
(アンソニー・マラス監督談)

この監督の精神が徹底され、
それは、わたしの文化、わたしの精神も
大切にしてもらっているという感覚を見ている間中、
伝え続けてくれます。

ひととひとの断絶の最北に位置するとも言えるテロ。
その唯一の解決方法。

同じ場所に存在させた奇跡のような映画でした。

詩森ろば
serial number(風琴工房改め)の劇作家・演出家です。

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