ここまで来たらワルシャワも行っておきたい、
という気持ちもありましたが、
建築の旅であることだし、と考えて、
ベルリンに向かう予定にしていました。
ベルリンは、迫害した側であるドイツの街です。
昨日、アウシュビッツを歩いたその靴で、
ベルリンの街を歩く。
ベルリンはヨーロッパの中でも
性的少数者の権利が認められている街だそうです。
ナチス・ドイツは性的少数者を
ピンク・トライアングルと言って、
黄色のユダヤの星をつけられたユダヤ人以下の
劣性人種として迫害しました。
アウシュヴィッツの写真のなかには、
たくさんのピンクトライアングルによって性的指向を
後世まで告白させられているひとたちの写真が
たくさん残っています。
しかし、現在のベルリンは、
聞いていた通りの、
セクシャリティフリーの国でした。
日曜日ということもあって、
犬の散歩をしているカップルがそちこちにいたのですが、
男女、男性同士、女性同士がほぼ同数なのでは、
と思ってしまうくらい、
フツウに街を歩いていました。
権利が認められてますから、
カップルであることを隠していない。
そういうなかを歩くのは、とても幸せな気持ちでした。
ヨーロッパを旅していると人種の違いというのを
肌で感じます。
もちろん人それぞれ個別の個性もあるのですが、
国民性ってあるんだな、って思います。
ドイツは意思が超ハッキリしてます。
愛想もありません。
まちがったことをしてると、外国人でも容赦なく注意されます。
でも、それをちゃんとやりさえすれば、
引きずるということもないカンジです。
ベルリンは電車の改札という概念がありません。
→ウィーンもそうでした。
つまりやる気になればタダで乗れちゃう。
でもたまに係員が回ってきて、見つかったら
超高い罰金を払う必要があるそうです。
そしてそれは外人でルールがわからなかった、
とかまったく聞いてもらえないのだとか。
なのでちゃんと切符買ったほうがいいですよ、
と言いながら、Sバーンの切符の買い方が難しくて
買えずに立ちすくんでいるツーリストをたくさん見ました。
英語表記にもできるんですが、
なぜかひとつ進むとドイツ語に戻っちゃう。
そして打刻というのをしないと、切符持ってても
罰金になる。
ここ、ほんと要注意です。
てゆーか、そんなに厳しいならもう少しわかりやすくしてほしい。
インフォメーションのマダムは、
プラットホームはどこかは教えてくれたけど、
目の前にある自動販売機での切符の買い方は、
「担当外」とまったく取り合ってくれなかったし。笑。
でもその割り切り方が、わりと心地いい街でした。
なによりなにもかもほんとうにセンスがいい。
芸術に愛された特別な街だと思います。
ベルリンではいくつかの美術館に行きました。
ひとつめは、
ケーテ・コルビッツの小さな美術館です。
わたしはケーテを、ケーテの人生も含めて
尊敬していて、
沖縄の佐喜眞美術館で
作品の実物を観ることできたときすごく感動しましたが、
ついにここで彼女に会えて、
それはすごく特別な時間でした。
彼女の作品は版画と彫刻が主です。
そのどちらもに、
抱きかかえる、というかたちがとても多くあります。
彼女は第一次世界大戦で息子ペーターを亡くし、
そして第二次世界大戦で息子と同じ名を持つ孫を亡くしています。
母としての深い悲しみ故でしょう。
死者を抱くというかたちとしてわたしたちの前に
たちあらわれます。
しかし、それはただのかなしみではなく、
大きな暖かいもので、
自分のいのちを抱きしめてもらっているような
そういうおおきな愛でもあるのです。
そんな彼女もナチス・ドイツから迫害されたひとりでもあります。
ヒットラーは芸術を愛しましたが、
ある種の芸術について、「退廃芸術」と断じ迫害しました。
死をモチーフとするケーテもまたその対象となりました。
作風の転換を求められても応じず、
ついには製作を止められましたが、
隠れて作品製作を続け、
第二次大戦の終焉を待たず亡くなっています。
ベルリンの貧民街に住み、
貧困やそれに伴う苦しみを作品にしたケーテ。
リスペクトする彼女の人生に励まされながら、
わたしはこれからも作品を創るのだと思います。
そのあと行ったバウハウス博物館は、
なんとなんとの改修中。
そのためにここまで来たって言っても過言じゃないのに
どーしてー、と思いましたが、
それはひとつの始まりでもありました。
そのことについては、またべつで書きます。
ベルリンの壁はもちろん行きました。
かの有名なイースト・サイド・ギャラリー。
残された壁がストリートアーティストたちが描いた絵で、
延々と彩られています。
ベルリンの壁が崩壊した日のことを思いだします。
それは、ほんとうにとつぜんのできごとでした。
西ドイツ側からでいいから、ベルリンの壁をいつか
見なくては、と思っていた少女時代。
いまは、どこが元西ドイツでどこが元東ドイツかも、
地図でみないと判然としません。
これが有名なブレジネフのキス。
ブレジネフ書記長は、熱いキスで外交することで有名でした。
この絵のお相手は、東ドイツのホーネッカー評議会議長です。
とうぜんですが人だかりで、
みんな順番に写真撮ってましたけど、
やっぱり行くとどうしたって撮っちゃうよね。
世界最大のLGBTミュージアムがあるというので、
そこにも行きました。
写真いいのがないので載せませんが
(とうぜんですけどセクシャルなものが多いので
それだけ載せるとただ扇情的なだけになっちゃうから。
そしてわりと扇情的なものが好きなので、
どうしてもそういうのでシャッター切りがち)
当事者の方、当事者ではないと思われるカップル。
たくさん来ていました。
ヨーロッパは街角にひとつというかんじで
小さい美術館や博物館がたくさんあるんですが、
ひとつひとつちゃんとコンセプトがあるんですね。
そのひとつのかたちを見ました。
そしてハンブルク駅現代美術館。
モダニズムアートの殿堂です。
元は駅舎だったところを美術館にしていますが、
入口にこのオブジェがあって、
ここは現代アートがあるところだぜ、と主張しています。
いやー。ここは興奮でした。
ヨーゼフ・ボイス、アンディ・ウォーホル、
そして、アンゼルム・キーファー。
青春時代ですよ。わたしの青春時代。
トップの画像がヨーゼフ・ボイスの大作です。
ヨーゼフ・ボイスとか、
ナムジュンパイクとか、
ローリー・アンダーソンとか、
パフォーマンス、行ったなー。
あの頃のわたし、なにかわかってたのかなー。
これもアートか・・・と見入る田島氏。
(元バスケ部)
いいよね。こういうの。
コンテンポラリーってカンジで。
年配の方がコンテンポラリーな美術を見て、
コンテンポラリーな演劇作品を観ている。
そういう街でもあります。
アートの浸透率が高いです。
こういうのなんかは、日本の広告とかに
もろ影響与えてますよね。
そして、わたしにとって特別な作品にも出会えました。
アンゼルム・キーファー。
わたしと美術の杉山至さんの美打ちでかなりの回数
名前が出てくる現代美術家です。
だいたい、あのころの西武美術館はすごかったよね。
アンゼルム・キーファー展、
伝説だよね。衝撃だったよね。
みたいな話です。
正直あまり身のある話ではないのですが、でもしちゃう。
そのくらい、ほんとに衝撃的だったんです。
そのアンゼルム・キーファーがあるというので探しました。
ものすごく広いので、この美術館は、
なかなか見つけられず、
美術館のひとに聞いても警備のひとだったのかわからず、
そしたらひとりのドイツ紳士が、
キーファー!と近づいてきました。
君はキーファーが観たいのかい。
キーファーは下の階だよ。
ひとつしかない。ひとつしかないから見逃しちゃダメだよ。
そういって携帯で撮った写真を見せてくれました。
先に、携帯の、写真で観ちゃった。
でも彼的には、ナゾの東洋人がキーファーを探していたのが、
嬉しかったんだと思います。
入口までいっしょに来てくれて、
あそこだよ、と教えてくれました。
それで無事会うことができたキーファー。
やっぱり特別だ、と思いました。
思わず長くなりました。
読んでくれてありがとうございます。
「機械と音楽」への旅、まだまだ続きます。
ご予約は、コチラからもできます。