地と風と水の駅

転形劇場のことを書いた過去記事
別なブログにあって、
それは太田省吾さんの訃報に触れたときのものだ。

大杉さんの急すぎるご逝去にあたっても、
これ以上書くべきことがないような気がする。

大谷石の採掘場でやった「地の駅」には、
バスツアーで行った。
どう考えてもメジャーコードではない、
沈黙の芝居に、バスツアーが出て、
たくさんのお客さんが行く、そんな時代だった。
いまより、たぶん、お客さんの咀嚼する、
顎の力が強かった。
そして、岩手から上京してまで
そんな芝居を観たかったわたしは、
文化というものに対して、
どれほどにも背伸びしたい少女だったのだろう。

そして、そんな世界的な評価のある凄い劇団なのに不器用で、
いつでもナゾの待ち時間があった。
表参道の銕仙会能楽堂の前に出来た絶望的な長蛇の列は
忘れられない。
あの頃はチケットぴあなんてなかった。
電話して、ドキドキしながらチケットを取った。
いつまでも自分の順番がこなくて、
ようやくチケットを買って会場に入ると
信じられないくらいギチギチの場所に詰め込まれ、
ヒザを抱えて、
咳さえ許されず、あの芝居を観たのだ。

水の駅も有名だけれど、わたしは、
小町風伝の漣さんが忘れられない。
それは痴呆の老女(佐藤和代さん。名優)が、
インスタントラーメンを作る、
その数分間を、
芝居にしたものだ。

客入れするとすでに人々がゆっくりゆっくり
スローモーションで橋がかりを進んでくる。
宮廷行列なのかと思った人々の群れは、
じつは貧しき底辺のひとたちで、
運んできたのはあばら家のパーツであり、
それらを組み合わせ、
無であった舞台に老女の家が立ちあがる。

漣さんは隣の家の吃音の青年。
社会になじめない彼を老婆は愛し、
官能的な交流を持つ。
これと水の駅の漣さんのシーンは、
わたしが演劇で見たなかで、
もっとも色っぽいシーンだ。
素晴らしい俳優さんばかりの集団だったけど、
漣さんには、
その集団にはどこかそぐわない華があった。

好きな劇団はほかにもある。
しかし愛したと言い切れる劇団は転形劇場だけだ。
わたしの駅、立ち返る場所。
最後までうつくしかったひと。
まだまだ生きるべきだった、でも。
冥福をお祈りするしかないじゃないか。

詩森ろば
serial number(風琴工房改め)の劇作家・演出家です。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です